まだ青い



今までよく我慢できていたなと、我ながら感心した。


「お、尾白くん、あの」
「なに?」
「ちか、いです」
「本当に、そう思う?」


抱き寄せた彼女の首筋は思ったよりも甘くなく、どちらかといえば爽やかなシトラスの香りがした。こんなに凛とした、氷の城にでも住んでいそうな見た目をしているのに。綺麗な見た目にしては意外と色気がなく、初心で、可愛らしい。現にさっきまで雪のように白かった首筋が真っ赤に染まって、照れてくれてるんだなと安心した。まるっきり、俺の手と同じ色をしているから。


「もっと近づけられるところ、あると思うんだ、俺」


抱き寄せた肩が僅かに揺れて、いつも座っている紅色が恐る恐る上を見る。苺というには毒々しく、ルビーというには柔らかな、そんな不思議な瞳が涙で蕩けている。ああ、綺麗だ。もっと近くで覗いてみたい。もっと、もっと、知りたい。


「尾白くん、あの、あの、」
「ごめんね漂依さん」
「なん、」

「…………で、謝るの」


思ったよりも、彼女の唇はかさついていて、でも、それ以上に柔らかくて。途切れた後に呟かれた言葉の、一音一音の吐息が俺の唇にかかる。それだけで背筋をゾクゾクとした何かが駆け巡った。

ああ、俺、漂依さんとキスしたんだ。

じわりと熱くなる頬と、甘いだけじゃいられない頭の温度差に目眩がした。

俺が彼女と付き合えたのは、奇跡と言っても過言じゃない。最初に嫌われまくっていたことから省みても、付き合うどころか会話すら有り得ないものだったのに。こうして彼氏彼女の関係になれたところがもうピークなんだろうなとぼんやり考えていた。だって彼女は人付き合いが得意じゃない。あえて避けているフシさえ見える。そんな彼女とは手を繋ぐことさえ躊躇われた。一般的な高校生どころか小中学生にまで劣るような、手も繋がない清い関係を俺たちはたったさっきまで続けてきた。

それを、俺が壊した。

訳も分からず困惑する彼女を抱きしめて、俺は無理やりキスしたんだ。


「漂依さんがさ、スキンシップ、嫌がるの知ってたけど、さ」
「……うん」
「ごめん、本当に、堪え性のない男で、その」
「だから、なんで謝るの」
「だって、きす、嫌だっただろ?」


最近では上を向くことが多くなったのに、前みたいに俯いてしまった顔を覗き込む。けれど見るなと言わんばかりにもっと下を向いてしまって、これは本格的に嫌われてしまったのかと冷や汗が垂れた。


「本当に、本当にごめん」
「謝らないでよ」
「でも、嫌がることを強要したのは、」
「だから、強要してないから」
「え?」

「いやでは、なかったので、謝らないでいい、よ」


マスクをしていないから、いつもよりはハッキリ聞こえる声。それでも消え入りそうな彼女の声に、ようやく、髪の隙間から覗く耳が瞳と同じくらい赤らんでいることに気づいた。気づいて、彼女の肩を抱く腕に力が入った。


「尾白くん、嬉しそうだね」
「なんでそう思うの?」
「尻尾が、すごく動いてる」
「えっ」


バシンと、背後から地面を叩く音が耳に入る。心なしか痺れる感覚がしてるってことは、もしかしてさっきから地面を叩いてたのか。恥ずかしいやらカッコ悪いやらで苦笑いした俺に、彼女はやっと顔を上げて、その悲しげな表情に笑みを浮かべた。何の陰りもなく笑っている彼女を見るのは久しぶりな気がした。

ああ、可愛いな。

肩に置いていた手を恐る恐る頬に持っていくと、恥じらうように紅い眼が視線を逸らす。


「あの、さ」
「うん」
「もう一回、いい?」
「……うん」


淡い色の睫毛が目蓋と一緒に降りていく様を眺めながら、今度は俺も目を閉じた。二度目に触れた唇は、やっぱり柔らかかった。
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