相澤消太の睥睨



あの姿をモニター越しで見てから、まだ一ヶ月と少ししか経っていない。

恐らくはカンフー。もしくはそれと類似した体術を駆使して仮想ヴィランに立ち向かい、次々とただの鉄屑に変えていった細っこい体。あれが一方的な初対面。それで、アイツが俺のクラスになったって聞いた時には素直にこう思った。


面倒なクラスを任されたもんだ、と。


朝飯代わりにいつものウィダーを口に咥えながら昨日のヒーロー基礎学のVを見返す。一度見たそれをもう一度みるハメになったのは最後の最後にブッ込んできやがったアイツのせいだった。


『あの子のこと、ちゃんと見てておやりよ』

『危うさで言ったら爆豪少年よりも漂依少女の方がヤバイかもね』


初日にリカバリーガールばあさんに言われたことと、Vを手渡される時にオールマイトさんが言ったこと。それなりに予想はついていたとはいえ、入学初っ端で二人のヒーローにそう言わしめるとは。

呆れ半分怠い半分で見たVは、正直舐めてるとしか言えない内容だった。一通り他のヤツの“個性”を見せて対策を取らせてから実践させる。オールマイトさんはハンデとか言ったが、あんなのハンデなんてもんじゃない。プロヒーローだって通常は相棒サイドキックや他のヒーローと協力して敵と立ち向かうものだ。それをいきなり一人に判断を任せて放り出した。高校生くらいのガキなら大なり小なり混乱してボロが出るだろうに。あの人にしてはまあまあ意地悪な課題だ。相手がアイツでなければ、の話だが。

漂依芳。“個性”『催眠術』。なんてことはない。出会い頭に有無も言わさず眠らせるなりなんなりして戦闘不能にできる“個性”だ。対策も何もあったもんじゃない。楽に勝てる勝負を引いたもんだな、と。最初は乾いた目で眺めていた。が、五階の中央フロアで罠を張って、三階の踊り場に核を設置したあたりで俺は深い溜息を吐いた。なんでわざわざ面倒な勝負に自分で御膳立てするんだ。苦難を与えるのはこっち。それに唯々諾々いいだくだくと乗り越えろって言うわけじゃねえが、それにしたって扱いにくい事この上ない。

漂依が真っ当にヒーローに憧れて入ってきたわけじゃないことはそれなりに勘付いてはいた。他人を利用してやろうという狡猾さもまあ、褒めてもいい。何より本人は至って真剣なのがまた……いや、やっぱ舐めている。爆豪や飯田だけじゃない。ヒーローになるという気概がない時点で、コイツは完全に雄英高校ヒーロー科を舐めてやがる。

爆豪に奇襲。飯田をチラ見でスルー。飯田が核をスルー。そこでだいたいの作戦は分かった。その作戦の意図も分かった。爆豪とのぎこちない戦闘を除けば、なんとも綺麗に進んでいくものだ。それだけに漂依の持つ“個性”に対する危険度も跳ね上がっていった。


「効果範囲はおよそ……10mってとこか」


便利な能力だ。そして、恐ろしい能力だ。漂依を中心とした半径10m以内に入った人間を好きなようにできる。爆豪にしたように無機物になれと言われればカチンコチンに動かなくなるだろうし、犬猫になれと言われれば四つん這いになってワンワンニャーニャー鳴いて見せるだろう。味方にいれば心強い能力で、逆に敵になれば厄介でしかない。そりゃあ、誰だって野放しにするのは躊躇われる。だからこそこんな後付けみたいに名前順無視でクラス名簿の後ろにはっ付けられたわけだ。

漂依芳を雄英に入れるかどうか、職員会議は揉めに揉めた。“素質があるなら誰にでも門戸を開くべき”。“精神的に危うい子供をヒーロー科に入れるわけにはいかない”。もっぱらこの二つの理由でだ。もちろん俺は反対だった。理由は緑谷と同じ。試験終了と同時に倒れるようじゃ、“個性”を使いこなせているとは言えない。それ以外に関しては他の先生方の意見には賛同しかねた。

名前と“個性”、それと簡単なプロフィールに目を通しただけで放っておいた調書をペラペラめくる。A組の生徒の中でも分厚い方に入るそれを渋々読み直すと、そこに漂依がギリギリで入学が決まった理由が書いてあった。


漂依芳は中学時代、問題児だった。

警察にお世話になること二桁。関わった生徒に危害・・を加えること数えきれず。登校回数はギリギリ進級できる範囲内。これだけ並べればただの不良だな。まあ、ただの不良だったらここまで面倒な話にならなかったんだが。

問題は、その被害のすべてが“個性”の暴走によるものだったって点だ。

漂依芳が“個性”を正しく使いこなすことができたのが中学二年の終わり。それまで、彼女の無差別的な攻撃に多くの人間があった。誰彼構わず通り魔的に襲われるんだから周りは堪ったもんじゃないだろうに。特別学級に入れて隔離、なんて対策も取られていたようだが、登下校だけでもそれなりの威力があったらしい。そして何があったか、期せずして漂依が個性届を再提出したのが中学二年の終わり。そこからパッタリとその被害が途絶えた。考えるに、やっと自分が何たるかを知ってコントロールが効くようになったんだろう。

なにせ、中学二年以前の漂依芳の“個性”は『催眠術』なんてものではなかった。


「『魅了チャーム』、ねえ」



他人に自分への恋心を植え付ける“個性”。

人の感情を操るという、言い換えてしまえば『催眠術』の劣化版。似たり寄ったりな能力。数ある感情の内のただ一点に集中させただけのこと。そう言い切るには見るに堪えない経歴の数々が書類という形で俺の手にまとめられている。

自分の本当の“個性”が何なのか分かったその時まで、アイツは自分の“個性”がまったく別のものだと錯覚していた。相手にかけるはずの力を知らぬ間に自分にかけて、深く思い込んだまま、自分の力を周りの人間にばら撒いて生きてきたわけだ。


『俺がイレイザー・ヘッドだってことの何がそんなに気になるんだ?』


ふと、入学初日の“個性”把握テストの時のあの目を思い出す。長い睫毛の下で常時座っているくせに、妙に目ん玉キラキラさせてやがった。あれは、自分の“個性”を疎んでいるヤツが俺の“個性”を知った時に浮かべる感情と同じだった。そうだ、俺が漂依を不気味に思ったのは、『催眠術』なんて大層なモンを持っておきながらそんな目をしたことに対する疑問だった。

何のことはない。アイツは自分の“個性”を好いていなくて、万が一暴走させてしまった時に自分を制御してくれる保険を見つけた。そのことに安心したのか、希望を持ったのか。どっちにしろ、俺にとってはなんとも、面白くない。“個性”ってやつは突き詰めてしまえば持ち主自身の本質だ。本質を持つからこそ人間は個として確立するわけで、自分の“個性”を消させるなんて自分を殺せと言ってるようなもんだ。

そんな自殺志願者に使うために俺の“個性”はあるんじゃねえ。

画面を長時間見たせいで乾いた目に目薬を落とす。今年のクラスはエンデヴァーさんの息子さんにオールマイトさんの肝入り、プラスして舐め腐ったガキと来たもんだ。前者二人はともかく、後者に関しては貧乏くじを引いた気分だ。


「俺はカウンセラーじゃないんだぞ」


潤いで満たされたばかりの目で、画面の向こうの紅い眼を睨みつけた。
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