決壊



言った言葉は戻ってこない。
消えることなくそこに在り続ける。
そんなことは身を以て知っているはずだった。

大して声を張ったわけでもないのに私の喉はカラカラで、声帯が擦り切れそうだという錯覚さえ感じられた。目の前にいるのは1ヒーロー。日本どころか世界に賞賛される正真正銘のスーパーヒーロー。彼を目の前にしてヒーローを全否定するということがどれだけ愚行か。そんなことは分かっている。けれど、私にはこの方法しか思いつかなかった。これしか方法がなかった。


「人助けだとか名誉職だとか言って図に乗って、なんでも自分が正しいとか思って、自己顕示欲ばっか強くて、プライドが高くて、上から目線で…………ヒーローなんて大っ嫌い」


伸びる大きな手が怖い。体を撫で回す感触が怖い。同情する視線が怖い。刃を吐き出す唇が怖い。一瞬でフラッシュバックされる光景に軽く眩暈がした。その度にあの人の後ろ姿が黒く塗り潰される。私の希望が、光が、汚いものに覆われていく。ゴミみたいな価値のないものに埋もれて、見えなくなって、いつか忘れてしまう。

そんなの、絶対に嫌だ。


「だから、ここに来たんです」


黙して続きを待つ目の前の人。浮かべている笑みは動かず、見えない眼光も揺るぎなくそこに在り続ける。そこに鋭いものがないと感じ取れたことが私にとっての幸いだった。


「私が見てきたヒーローが本当の姿だったのか。それを知りたくて、オールマイトあなたに会いに来ました」


1ヒーローなら、ヒーローの中のヒーローなら。もしかしたら私のこの不信を払拭してくれるかもしれない、なんて。そんなどうしようもなく浅はかな希望を抱いてしまった。だから私は藁にも縋る思いでここに入学した。彼に会いたい。オールマイトというヒーローに会いたい。もしもの未来で彼を深く信用できた暁には、私はヒーローに対して真に希望を抱けるのだろう。ヒーローだって所詮は人間だと。理解していなかったがためにしっぺ返しを食らった私でも、期待してしまうことは止められなかった。

ヒーローを心底信じるために、ヒーローを心底疑う。この矛盾を叶えるために私はヒーロー科に来たんだ。

この、子供の八つ当たりにも似た理不尽を吐き出した相手に、私は再度同じ質問を投げつけた。


オールマイト・・・・・・はなんで、ヒーローになったんですか」


ここまで聞かされて、オールマイトはなんて答えるだろう。少なくともヒーローお決まりの『平和を守るため』だとか、そういうありふれたことは言わないだろうと。


「──平和を守るためだよ」


そう考えたのは私の理解不足だったらしい。

寒々しいとすら思える言葉を言ってのけたオールマイトは変わらず笑っている。びくともしないそれがもはや仮面のようだ。けれど恐ろしいことに、この人は本心から笑っているのだ。小娘如きがやんややんやはやし立てたところで動じるような大きさの器ではない。そう面と向かって言われている気がした。完璧に被害妄想だけれど当たり前にいい気はしない。


「それ、私が信じると思います?」
「HAHAHA! もちろんさ!」


いつかはね、と。茶目っ気を乗せたウインクを送られて機嫌が一気に地に落ちた。


「これからあと三年はある! 授業を通してお互いのことを理解していけば、」
「人間は真に理解し合えないわ」


ムカつく。

今までとは違って、頭の中でなく胃の中で燻っていた何かが燃え盛って口から出ていく。血反吐を吐くような、苦いものを吐き出すような。喉を焼く感覚と共に発したのは、いつか誰かに言ったことだった。苛立ちが具現化して相手を傷つける鋭さを身に纏う。それは紛うことのない私の本音だった。


「家族だって分かり合えなかったのに、他人同士なんて絶対に無理よ……!」


最後にキッと睨みつけて私は走り出した。「漂依さん!」とどこからか緑谷くんの声が聞こえた気がしたけれど、それに反応する余裕はない。

信じたいと思えば思うほど信じられないと本心ががなりたてる。欲しい欲しいと手を伸ばす癖していざ差し出されたものは平気で叩き落とす。そんな矛盾が時たま否が応でも発揮されてしまう、そんな子供っぽさが自分でも嫌だった。けれど私にはそんな大きな獣を体内で飼いならす自信は微塵もないのだ。
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