I have a dream.



私が初めて会ったヒーローは、私を初めて助けてくれたあの人だった。

ヴィランでもなんでもない一般人に引きずられていく見ず知らずの子供を、他人事だと思わずに気に留めてくれたあの人。決して戦闘服コスチュームを身に纏ったヒーローではない。輝かしい表舞台で脚光を浴びるようなそんなすごい人には見えなかった。ガリガリの、骨と皮ばかりが目立つ体であの男に立ち向かってくれた。彼が、私なんかを助けてくれた。その事実だけで、彼は立派に私のヒーローだった。

そう、彼のおかげで私は。だから私は、ヒーローに……、



「漂依さん」


戦闘服から制服に着替えて教室に戻ると、八百万さんが話しかけてきた。それに不意打ちで肩を揺らしてしまったのは一瞬で、すぐさま元の平常心に戻る。この二日で彼女の対応には少しは慣れた。でも、まだまだ慣れない人がたくさんいて、八百万さん以外にも麗日さんや知らない女の子たち、他に話しかけたこともない男の子たちが私を見ていて、とても居心地が悪い。ちゃんとマスクの位置がズレていないか確認しながら教室を見渡す。そして爆豪くんの姿が見当たらないことに気づいて眉間にシワが寄った。


「これから皆さんで反省会をするのですが、」
「……爆豪くんは?」
「え、さっき帰ったよ?」
「そう……私も帰るから」
「ちょ、漂依さん!」


扉に向かう途中で誰かの手が私の腕を掴む、その一瞬で全身に鳥肌が立った。

気持ち悪い。

疲れのせいか、いつもより過敏になっている神経が突然のことに悲鳴を上げる。それに促されるままに、私は誰かの手を振り払った。


「ぁ、ご、ごめん!」


よほど引き攣った顔をしていたのか、その手の持ち主は思いのほか慌てた様子で謝ってきた。謝るくらいならしないでほしい。記憶に引っかかっている表情と同じものを浮かべながら、それでも彼は私に尋ねる。


「爆豪がどうかしたの?」
「尾白くんには関係ない」
「それは、そうだけど」
「……私、急いでるの」


言い淀む彼の次の言葉を待つ暇は、私にはない。眉間でさらに深くなったシワをそのままに、私は爆豪くんの背中を追う。

久しぶりに、それこそ一年くらいぶりに他人に対して“個性”を使った。誰かの意識を、自分の思い通りに動かした。この事実が私の身体にストレスとなって重くのしかかる。それは根本的に、私は自分の“個性”を好いていないから。誰かの気持ちを歪ませることでしか発現できないこの力が、私の無力さを表しているから。だから私は、誰かにこの“個性”を向ける気はなかったのに。この学校ではそんな言い訳は通じない。少しずつ、慣らしていくしかない。そう分かっていても、久しぶりに使ったものがどれだけ相手に影響を及ぼしているのか私には未知数だ。またあの忌々しい癖が出ていないか、それだけは確かめないと私の心は安らげない。

飯田くんは大丈夫だったからきっと爆豪くんも大丈夫、なんてそんな希望的観測は全部捨てるべきだ。校舎から出てすぐ、爆豪くんの背中を探して、

そして、私はヒーローに会った。


「あれ、漂依少女? 今帰り?」


戦闘服のまま、マントをはためかせてその巨体をこちらに向けるオールマイト。夕日をバックに立つ姿の、なんて頼もしくて勇ましいことだろう。彼のその姿を見ただけで何万人もの市民が歓声を上げ、どれだけの敵が悲鳴を上げるか分からない。それだけの栄光を築いてきたし、これからも築いていく。そんな強烈な存在を認めてしまっては、爆豪くんを探すことよりも優先しなければならない。


「オールマイト、先生」


目の前にいる、彼を。


「ん? 私に何か用かい?」
「先生に、聞きたいことがあります」
「奇遇だね、私も君に聞きたいことがあるんだ」


そして口を開いたのは、奇しくもまったくの同時だった。


「先生はなんで、ヒーローになったんですか」「君はなんで、ヒーロー科ここに来たんだい」


お互いの言葉が、お互いの耳に届く頃。キョトンと目を瞬かせるオールマイトに対して、私は汗ばむ手を強く握り締めた。


「ありゃ、君も私も同じような質問だったね! じゃあ、早速私から答え、」
「いえ、先に私から言います」
「あ、そうかい……」


セリフを遮られて肩を落とす巨体を再度見上げる。実質睨みつけているようなものかもしれない。それだけ私は緊張していた。今まで、それこそオールマイトに会うと決めてからずっと思ってきたことを言う。誰にも言えなかった。それだけ私の中で生き続けた感情。それらを今さらながらにプロヒーローにぶつけるのかと。その自分らしくない無鉄砲さに怖気づきそうだった。早く言え。早く。握り締めた手の平が汗でぬるむ。


「私には、夢があります」


ゆっくり、ゆっくり。ぐるぐるとこんがらがる頭の中をなんとか一本の糸に紡ぎなおす。


「ヒーローになるという、夢があります」


違う。本当は、夢なんて崇高なものじゃない。もっと汚くて、ドロドロで、くらいものが。私の奥底でいつまでも揺蕩っている。いつ日の目を見れるのかと手をこまねいて待っている。あの獣が、悪魔が、ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべているんだ。


「けれど私は、ヒーローが信じられないんです」


『なに被害者面してんだよ』あの声が耳の奥にまだ残ってる『結局あの子の仕業みたいなもんでしょ』あの人たちの声がまだ『あの年で淫乱なんて可哀想』違う、私は違う『サイテー』最低なのはどっちよ。あなたたちはヒーローなんでしょう。ヒーローなら私を助けてよ。あの人みたいに、助けてよ。それがヒーローじゃないの。あの人は本当のヒーローじゃなかった。なのに、本当のヒーローは私を助けてくれないの? なんで? じゃあなんであの人は私を助けてくれたの? あの人がいなかったら私は、彼のおかげで私は、だから私はヒーローに、



「ヒーローなんて、大っ嫌い」



無駄な期待を、してしまったんだ。
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