既知に笑う



「K……」


果たして、こんなことがあっていいのだろうか。周りを見渡してもみんな同じアルファベットの相手とコンビを組んで談笑している。ひとりぼっちのままなのは私だけしかいない。この訓練は二人一組で取り組むと言っていたオールマイトの説明は誤りだったのか。それとも私が動揺のあまり聞いていなかったのか。手元の紙を穴が開くほど凝視していると、オールマイトが最初の対戦相手を発表した。最初はAコンビ対Dコンビの対戦。緑谷くん以外は名前も知らない人たちだった。

四人を残してモニタールームに移動する間、私はオールマイトのそばまで寄って行って紙を差し出した。


「あの、私と組む相手がいないのですが」
「おお、君がそれを引いたのかい! ラッキーだな漂依少女!」
「はい?」
「君の出番は一番最後だ! それまでみんなの戦闘を見てじっくり学んでくれ!」
「最後、とは」
「後で分かるさ!」


だから説明を求めているんだけど。

そこはかとないイラつきで顔がムッとした。いや、授業が始まる前から不機嫌な自覚はある。モニタールームに着いた瞬間、みんながモニター前に殺到するのを尻目に壁に寄りかかる。みんなの視線はハリボテの核を設置し終わった敵コンビに向いている。こちらを誰も見ていない。見ていない。深く溜息を吐いて、俯いていた顔を上げる。ちょうどその時から一番最初の対戦が始まった。

緑谷くんと女の子が一階の窓から難なく侵入してフロアを順々に覗いていく。Dコンビが隠したのは五階だから見当違いだけど、情報がない状態では仕方ないことだ。

だから、ヴィラン役の奇襲を避けた緑谷くんは本当にすごいと思う。

爆豪くん、というらしい彼の拳は緑谷くんのマスクを半分持っていくだけに終わった。かすり傷で済ませ、二撃目も振りかぶった拳を逆手に取られ、背負投の要領で投げ飛ばされる。もしかして最初の攻撃で右から殴るのが癖なのか。だとしたら完璧に緑谷くんに読まれている。なんでだろう、とモニターを見ていくうちに、二人の表情がただの対戦相手に向けるものではないことに気付く。


「私怨、ね」


初戦から面倒な組み合せになったものだ。

積極的に“個性”を使っていく爆豪くんと、頑として“個性”を使わない緑谷くん。対照的な二人の戦いは激化していく。壁が壊れ、天井も落ち、ビルが見るも無残な有様になってしまった。全部爆豪くんの“個性”で。あの派手で殺傷能力の高い“個性”にみんな目が行きがちだけど、それに“個性”無しで善戦している緑谷くんも規格外だ。お互いに“個性”を使った攻防戦をしているのに被害ゼロの飯田くんと麗日さんの戦いがとても平和に見える。エンジンと無重力が攻撃に特化していないことも理由の一つだろうけど。


「漂依はどっちが勝つと思う?」
「五分五分、だと思う」
「爆豪の方が有利に見えるが?」
「どっちもどっちよ。爆豪くんは気持ちに余裕がない内は付け入る隙があるし、緑谷くんは“個性”を扱いきれてない。可能性はどっちにもある」


爆豪くんは戦闘センスが優れている。例えば慣性なんて物理的法則のことを考えずに“こうすると軌道変更できる”と体で覚えて深くは考えていない。戦闘に関しては間違いなく天才的だと思う。けれど、だからといってそのセンスにあぐらをかいていい理由にはならない。対人において頭で考えるということを怠っているのなら、それは立派な弱点になる。

対して緑谷くんは自分の“個性”の使いどころを心得ているから理性的な動きができる。爆豪くんの動きにもなんとかついて行ける程度には。恐らくは“個性”の使いどころを図っているんだと思う。爆豪くんの弱点を突けるなら、まさに勝利は彼のものになるだろう。けれど今回の場合は圧倒的に実戦経験が不足している。逃すことなく確実に決定打を撃ち込める確率は正直低い。それを踏まえての五分五分。

二人の戦闘に気を取られすぎて、誰に聞かれたのかも分からないまま口が勝手に答えていた。それに気づいた時には緑谷くんの拳でビルが半壊になり、麗日さんが核を確保したところで、結局有耶無耶になってしまったけど。

それから対戦と講評を交互に行っていき、私はその間ずっとクラスメイトたちの“個性”について考え続けた。八百万さんと轟くんは推薦組の名に恥じない凄まじいものだったし、常闇くんと蛙吹さんのコンビの機動力は末恐ろしいものがある。肉弾戦なら切島くんは手強い相手になるだろうし、瀬呂くんの能力も活用性が無限大。他にも強力な“個性”だらけで、さすがヒーロー科に入るだけのことはあると関心した。なによりみんな、自分の手足のように自由自在に“個性”を使っている。自分の“個性”に誇りを持っていることがよく見て取れた。

誇りなんて大層なもの、私は持ったことがないのに。


「最後に、Kのくじを引いた漂依少女!」
「っ、はい」
「君には一人で敵役をやってもらう!」
「えええ!?」


これに驚きの声を上げたのは私じゃなく他の女の子たちだった。いや、私も十分驚いているけど。誤りじゃなく、あえて一人きりにさせられたのか。ざわりと揺れるモニタールーム。オールマイトと私とで視線をあっちこっちさせるクラスメートが何人かいて途端に私の眉間にシワが寄る。マスクがないせいで口元が落ち着かなく、最終的に手のひらで口を覆った。


「ヒーローはメディアでの露出が多い。ファンだけでなく敵側に自分の“個性”を知られている可能性も十分にあるだろう。そこで今回は皆の個性を把握し切った状態で彼女には敵役をやってもらいたい。なに、一人で対戦する彼女へのハンデということだよ!」


そこはかとなく一人余った言い訳を聞いている気分になった。けれど、まあ、彼の言うことも一理ある。なによりコンビを組んで連携することの方が私には苦痛だから、ちょうど良かったのかもしれない。自分の“個性”について語らなくて済むなら万々歳だ。


「ではヒーロー役は誰にするんですか?」
「さきほどの対戦で敵役に回ったコンビの中からランダムで一組にやってもらおう!」


すかさず、オールマイトが敵側の箱からボールを引く。出てきたアルファベットは……まさかのDコンビだった。


「爆豪少年と飯田少年か。君たちは一番最初だったから体力も有り余っているだろう! 頑張りたまえ!」
「はい!」
「ちっ」


爆豪くんと飯田くん。爆破とエンジンの“個性”。この二つに一人でどう立ち向かうか。モニタールームから一足先にフィールドとなるビルに足を踏み入れる。プロのヒーローに評価されるとか、そういうのはどうでもいい。まずは私なりのやり方で好きにやらせてもらおう。

ベルトポーチの中身を確認しながら、とりあえず笑った。
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