自分晒しは恥晒し



ああ、ついにこの時が来た。


「わーたーしーがー、普通にドアから来た!!!」


午後のチャイムとともに颯爽と教室に入ってきた巨漢が笑みを浮かべる。自信に満ち溢れた白い歯、誇らしげに張られた逞しい胸筋、揺るぎない平和を日々支えるための逞しい両腕。はためくマントが彼が真に伝説の人だと知らしめるようにその身をさらに大きく見せる。

1ヒーロー、オールマイトが、すぐそこに立っていた。

にわかに騒がしくなる教室。誰も彼もがその姿に釘付けになる。口々に本物を目の前にした感動で手に汗握る中、私は自分が思っていたよりも落ち着いていることを自覚していた。それはそうだろう。私は彼のフォロワーでも、狂信者でもない。雄英の制服を着て、雄英の教室で授業を受けている、ただのヒーロー科の一生徒として以上の感情が今ここで湧いてくるはずもないのだから。

私はオールマイトに会いに来た。それ以上も以下もない。

プレゼント・マイクとはまた違ったハイテンションで本日の授業の説明を始めたスーパーヒーローを眺めていると、ちょうど視線の途中でぶつかる後頭部が視界に入る。赤と白のツートンカラーの彼が、嫌に熱心に前を見ていることがとても意外だった。何より、固く握られた拳が決して感激や緊張から来るものだなんてどうしても考えつかなくて。彼もまたオールマイトに思うところがあるのかと、そのことが頭の片隅に引っかかった。

引っかかっていた時間は驚く程に短かったけれど。


「うそ……」


確かに私は書いた。

絶対に肌を晒したくない。目が出る装備にしてほしい。小道具や武器を仕舞えるようにしてくれ。声が遠くまで届くようにオンオフが簡単なマイクを点けて。あとは動きやすければなんでもいい。そんなようなことを個性届と身体情報と一緒にサポート会社に送った。下手に素人があれやこれ言わなくとも向こうもプロならうまくまとめてくれるだろうと、そんな軽い考えをしてしまったツケが、三週間後の今になってやってきたんだ。

確かに、要望した内容から考えれば私の戦闘服コスチュームはすべてを踏まえた素晴らしいものだ。そうである、はずだ。なのに手放しで理想だと褒められないのは、十割方そのデザインに起因する。

一言で言うと、ボンデージだった。

黒い、革製の飾りベルトがついた拘束着。18禁ヒーロー『ミッドナイト』の戦闘服に近い。あれと比べればちゃんと胸元に生地があることに安堵すべきか、高校生になんてもんを着させるのかとサポート会社に訴えるべきか。いや、残念なことに私が出した要望は全部取り入れられている。足は何故かガーターベルトが付いているタイツにメタリックなニーハイブーツだし、二の腕までの手袋のおかげで腕も出ていない。丸出しに見える肩だって薄いタイツで覆われていて実際は素肌が出ているのは顔のみ。本当に残念なことに、私の要望がすべて叶えられていて文句の付け所に困るのだ。

私が一つ、書き忘れた事項を除いて。

一番最後に着替え終えた私は、既に集まっているクラスメイトたちの群れまでゆっくり近付いていく。青い空がいつもよりよく見える。視界が広いのは附属のピンが前髪を留めているからだ。これもそれなりの機能が付随しているらしく、外すのが躊躇われたから仕方なくつけたものだ。いや、そんなことより。私が一番気にしなくてはならないことは。


「誰だ、あいつ……」


耳にかけた小型マイクのせいでマスクがつけられないということ。顔が全部、晒された状態で外にいるということ。顔の下半分を隠すマスクを付けて欲しいと、たった一言書き忘れただけで私はこんな緊急事態に陥っている。一生の不覚だった。


「もしかしてB組のヤツか? グラウンド・βはA組が使うぜ?」
「いえ、漂依さんはれっきとしたクラスメイトですよ、切島さん」
「え、同じクラス!?」
「こんなヤツうちにいたっけ?」


初日に教室に入った時よりもたくさんの視線を感じる。マスクをとった途端にこうなるのは慣れっこだと思っていたけれど、やっぱり嫌なものは嫌だった。いつものように俯こうとも戦闘服という名の拘束着のせいで背筋は嫌味なほどまっすぐに伸びる。目線だけが下がったところで下からの視線に気づいてしまったのはとてつもない不運だった。


「ひょー、ヒーロー科最高」


ぶどうみたいな頭の男の子が、私を見上げて親指を立てている。正確には、私の体を、舐め回すように。血走った目が、荒い鼻息が。ああ、もう、本当に、


「気持ち悪い」
「は?」


地面から右足が浮いて、そして、


「さあ、始めようか有精卵共!!! 戦闘訓練のお時間だ!!!」


ハッとして、振り上げかけた足が再び地面に着く。私は今、何をしようとした? 目の前の男の子にの顔面につま先を向けて、思いっきり蹴りを入れようとしていたような。

完全に無意識なまま、他人に危害を加えかけた。ただ、気持ち悪いという理由で。そんな暴力じみたこと、自分が一番嫌なくせに。あまりに驚いて、気がつけば逃げるように後ろの方へ下がった。できるだけ気づかれないように一番体の大きな人の後ろに移動する。戦闘訓練が始まる前だっていうのに、背中には嫌な汗が滲んでいた。


「大丈夫か?」
「っえ?」


そろりと伸びてきた一本の触手が私の眼前で口に変わる。小声で話しかけられた内容は私を心配するもので、どういう風の吹き回しかと遥か上の後頭部を見上げる。けれど彼はこちらを振り向く気はないらしく、触手の口だけがこちらに向けて再度言葉を発し始める。


「さっき、峰田に何か言われていただろ。気を悪くしたんじゃないのか」
「みねた……」


というのは、さっきの小さい男の子でいいんだろうか。


「あまり怯える必要はない。あいつの悪い癖が出ただけだ」
「悪い、癖」
「あれを除けば真っ当な部類だ」


私が暴走しかけたあれは、怯えているように見えたのか。悪い癖の一言で済まされてもこっちはたまったもんじゃないっていうのに。

それっきり、目の前の男の子は触手を腕に戻してしまった。オールマイトの説明に集中するらしい。私もできるだけそうしたかったけれど、一度浮かんだ嫌な汗は結局チーム分けが始まるまで止む気配はなかった。
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