His color fall into the heart.



ロードにとって重要じゃない部品なんて何一つないけれど、あえてその一つだけ抜粋してみるとする。クリートの力は偉大だ。漕ぐという動作において踏むだけでなく引き上げるというモーションも加えることのできる魔法の靴。力を、速さを与えてくれる道具。それがどれだけロードレーサーにとって当たり前で、なくてはならないものか。

そんな魔法の道具を私は捨てることにした。


全国高校体育大会千葉県地区予選。先輩方と金城の三人だけで臨んだレースの結果は見事一位。余裕でインハイ出場への切符を勝ち取ってきたわけだけども、決して喜ばしいだけのことじゃない。だって私たちの目標はインハイに出ることじゃなく、インハイで優勝することだ。こんなところで浮かれているわけにはいかない。なにより、私には間近に迫った超難関が待ち構えているのだから。

強化合宿。地獄の1000km走破。

先輩後輩に悠々と追い抜かされながら必死こいてペダルを回す。靴を変えただけで推進力が半分減るスポーツなんてロードくらいじゃないだろうか。思った以上に進まない距離と足にかかる負担。クリートをなくすだけじゃ足りないかもと一応古いホイールも持ってきたけど、最初から全部つけなくて正解だった。だって今の時点で結構しんどい。


「大丈夫か巻島」
「まだ具合悪ぃんじゃねーのか」
「だいじょぶ、大丈夫、先行けよ」


このことは主将にしか行ってない。全員に言うのは面倒だし、あからさまに目立つのも嫌だ。これは私の体力のなさを鍛えるためのもの。無理矢理成長させるためのもの。けれどそれ以上に、女子である私がインハイに出るということを認めさせるための意味合いもある。私がハンデを背負ってこの合宿で1000km走り切ることができたら、私がインハイに出ることに表立って文句を言える人はいなくなる。だって男子でもしんどいことを女子がハンデつけてやりきったら認めざるをえないでしょ。多分。それでも認めないような頑固なやつはこの部活にはいない。そう信じたい。

一日目の夜。追い越し禁止のボードが出た時点で走行距離170km。1日250kmのノルマはまだまだ遠い。風呂入って髪を乾かす暇もなく布団に転がる。そして目が覚めてすぐ死ぬほど食べてまた走り出す。

二日目の夜、走行距離400km。残り二日で600kmは正直キツい。けど今日のうちに何かが掴めそうだとは思った。一日目に登った時より、坂が少しだけ楽しく感じたから。苦しいと喚く心臓が、一際大きく鳴いた瞬間があった。あれは限界の悲鳴なのか、それとも突破する雄叫びだったのか。まだ分からない。なら試すしかない。風呂入って布団に沈んで、次の日死ぬほど食べてすぐにでも走り出す。

三日目夜、走行距離720km。完璧に捕らえた。コツを掴んだおかげで前日と比べものにならないほど足が回る。この調子だと自分を叱咤するように唇を噛み締めた。調子に乗って笑みが浮かばないようにしたつもりだったけど、金城と田所っちには機嫌が良いことを見抜かれていたらしい。恥ずかしい。

そして四日目夜、午後10時半頃、私は無事合宿を終えた。1000km走破を、成し遂げた。


「やったな巻島ァ!」
「うわやめ、田所っちふざけ、!」


うりうりと頭をかき回され、抵抗しようにもそれどころじゃなく田所っちの胸にダイブする。危なげなく受け止められたようにも見えたが、下を見ればぶっとい足がプルプルしていることくらいすぐに分かった。熊の足が子鹿とかシャレになんないな。ぷぷ。


「完走おめでとう巻島。主将に聞いた、クリートをつけずに走ったらしいな」
「は、はああ!? 馬鹿かお前ぇ、そりゃ具合悪そうなわけだぜ」


おい主将。主将ってのは歴代で口が軽いのか。

遠くで別の部員と喋ってる主将を睨みつけても、こっちに気付かない。むしろその喋ってる相手と目が合ってびっくりしたような顔をされた。違う、お前じゃない。


「なに古賀のこと睨んでんだよ。そんなだからお前後輩に怖いって言われんだぞ」
「古賀を睨んでないし後輩に怖いと思われてるのは今知ったよ」


知りたくなかったよそれ。

後日、総北高校自転車競技部のレギュラージャージが私の手元に来た。ついに、インハイの舞台に立つ。けれど本当の勝負はまだ一年先。それまでに私はもっと強くならなければいけない。もっと、もっと。強さに貪欲にならなければいけない。巻島裕介がいないことで空いた穴を、巻島##name2##というイレギュラーな女の体で埋めるために。

決意をこめて、黄色いジャージに袖を通す。その瞬間、確かに私は巻島になってしまったんだと実感した。もう後には戻れない。


← back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -