She knows the limit.



こりゃダメだ。

次の日学校に来て最初に思ったのがこれ。放課後が始まってもう一度思ったのもそれ。大会で優勝したことがいつの間にやら広まっていたのか、部室に向かう途中でガハガハ笑う田所っちに思いっきり背中を叩かれた。そして倒れた。ガチで前のめりになって廊下のど真ん中ですっ転んだ。黒タイツを履いていたおかげでパンモロは避けられたもののそれなりに短いスカートの中身が御開帳。死にたい。たまたま通りかかった金城に心底心配されながら起こされ、珍しく慌てた田所っちが私の名前を呼ぶ。けれど私は自分の足が痙攣している感覚に顔を顰めた。


「巻島、どうした」
「あ、ああうん。昨日の疲れがまだ、な」
「昨日……ヒルクライムか。優勝したんだってな、おめでとう」
「ありがとう。でもやっぱりこれはな……」
「やっぱりって、なにがだよ」
「体力……」


限界。

そっからの記憶がない。気がついたら保健室のベッドで横になっていた。

ぼんやりと保健室の天井を見つめながらものすごく落ち込んだ。一レース走りきってこのざまだ。昨日はあんなに嬉しかったのに。あんなに、私だって走れるんだって思えたのに。誰かより優れた何かを持っていて、見知らぬ誰かにまで賞賛されるようなことなんて今までなかった。それが大好きなロードだと思うとこれ以上の幸福はない。けれど、それでも、私はやっぱり分不相応だったんだ。この体は女の子で、巻島裕介の才能を受け止めるには小さすぎる器なんだ。女に生まれたことに悔いはないけれど、このポジションに居続けるには相応しいものじゃ決してなかった。


「しんどいわ……」
「巻島さん? 起きてますか?」


カーテンの隙間から癖のある黒髪が僅かに覗く。ぼんやりしすぎたせいで誰か来たことにも気付かなかった。一応女子が寝てるからと遠慮して中を覗かないようにしてるらしい。なんて気遣いのできるやつだ。金城二号の称号を授けよう。


「あー、悪い手嶋。練習時間削っちまって」
「いえ、部活自体はついさっき終わりました。オレは金城さんに起きてたら部室まで荷物取りに来るように伝言を頼まれて」
「マジか……疲れてんのに悪かったな。一人で歩けるから帰っていいよ」
「あ、はい、あの」
「んん?」


なんか歯切れの悪い感じが不思議で、起き上がって適当に手櫛で髪を整えながらカーテンを引く。制服に既に着替えていたらしい手嶋が俯いて口をパクパクさせていた。ほとんど高さの変わらない顔に何か言い足りないですと明らかに書いてある。


「話、あるなら聞くけど」
「え、あ、はい」


しばらく逡巡して、尋ねられた内容は手嶋らしいものだった。


「巻島さんでも、しんどいって思うことあるんですね」


正直はあ?って感じだ。当たり前だ。お前は私をなんだと思ってるんだ。あんな奇妙奇天烈摩訶不思議なクライムしてるからってこちとらバケモンじゃねえんだぞ。私は密かに金城二号の称号を剥奪した。短い命であった。


「そりゃあ、人間だしな、一応」
「そ、そういうことじゃなくて!」
「じゃあ、どういうことっショ……」


またもじもじし始めた手嶋に呆れたようなため息が出た。びくりと相手の肩が揺れる。おいやめろ。後輩の男子を虐めてる図にしか見えないぞコレ。


「巻島さんはその、女子でも男の中で張り合える実力があるのに、悩んだりすることもあるんだなって思って。勝手に親近感が沸きました」
「はあ? もしかしてあたしが才能溢れるすごいヤツだとか思ってたわけ?」
「違うんですか?」


おい睨むなおい。馬鹿にしてるわけじゃないんだぞ。寝起きで回らない頭でどう伝えるべきか考え始める。

手嶋にとって才能ってやつは鬼門だ。憧れて焦がれて、それでも手に入らないもの。手嶋が欲しいのはそんな"素晴らしい"ものっぽいけど、ぶっちゃけて言えば才能なんてそんなキラキラしいもんばっかじゃない。地味なもんや汚いもんだって才能と呼べば全部才能だ。自分が持ってる才能に気付かないで他人のものを羨んでるこいつは、いつそのことに気付くんだろ。複雑だなあとは思う。けれどその感情をこっちにぶつけられても困るのだ。こちとら自分で手一杯である。


「才能なんて他人が決めるもんだからあるかないかとか知んないけどさ。もしあたしに才能があったとしても、その才能を使いこなせるかどうかに限界があるわけ。限界を知ることほどしんどいことってないわ」


お前も知ってるだろと睨み返せばバツの悪そうな顔をされた。分かりゃいいんだ分かりゃ。よくできましたとお疲れの二重の意味を込めて頭をポンと叩く。二三時間寝たおかげでそれなりに歩く気力はできたらしい。しっかりとした足取りで部室を目指しながら、やっぱ後輩の世話は田所っちに丸投げしようと決意した。

私に人の心を動かす力なんてない。態度で、ロードで示したって、結局それは巻島裕介の意志が反映されてしまうから、私の考えなんて伝わってこないだろう。向いてない。その一言に尽きる。だから私は私のできることをやるしかない。大丈夫。まだまだやらなきゃいけないことがたくさんある。限界なんて引き上げてきゃいい。


「相応しくないなら相応しくなるまで頑張るんだよ」


ポツリ。独り言を零した。

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