His rival is a noisy man.



一年の残り全ては体力作りに費やした。自主練で夜坂を上る以外はほとんど筋力と体力のためのトレーニング。それもこれも本物の巻島裕介と性別という点で異なる欠点を補うため。私は幸いにも彼より早くスパイダークライムを完成させていたけれど、一レースの間男子と競い合いながら完走できる自信なんてどこにもなかった。

二年に上がってから数週間、新主将にお願いして他の部員の外周に同行する許可をもらった。平坦は遅くて引いてもらうことが多かったけれど、ペースは思ったよりもキツくなかった。汗だくになっても倒れることはなかったし、意外と余裕のようなものも出てきたから、私は次の段階に進むことにした。

それがこのレース。男子に混じってどころか、人生初めてのレースだ。正直思うような結果が出るとは期待していないけれど、自分の実力を図るための試練だと思って他の選手にコテンパンにしてもらおう。そんな覚悟で臨んだわけだったんだけど。


「優勝は総北高校二年、巻島裕選手!!」


奥秩山ヒルクライム大会学生の部。完全優勝。呆気ないほど易々と、ちぎってしまった。斜度8%前後の上りを根気よく長々と登っていくルートで、ある意味裏門坂よりも体力の要るペースだったにも関わらず、だ。

肩透かしを食らったのは一瞬で、その後はただひたすら嬉しいの一言に尽きた。一年の約半分を使った練習メニューがちゃんと生きてこの身に染み付いてくれたことだけがじわじわと喜びに変化していく。何より、誰よりも速くゴールを切れた達成感が尋常じゃない快感を脳髄に刷り込ませた。無心で遠くのラインを目指してペダルを踏む興奮。背後に後続の気配を感じながら浴びる風。やばい、ハマるかもこれ。


「おい、タマ虫!」
「あ?」


と、条件反射でガンつけてしまったのは本当に女としてどうかと思った。けどぶっちゃけ初対面でタマ虫と呼び捨てされる謂れはないわけで。というか一年以上経つのに未だにプリンにならないように丁寧に染色してくる母にはイライラを通り越して呆れている。ちょうどこの前やめてほしいと直談判したのにスルーされ、あまつさえ着せ替え人形にされたばかりなのだ。この苦しみを分からない奴が触れていいところじゃない。


「なに、あんただれ」
「知らねェのかよ! この山神東堂尽八を!」
「あ、東堂?」


ってあれだよな。あんま覚えてないけど、巻島裕介のストーカーみたいな、例のあの、


「うざい奴か」
「うざくはないな!」
「それがうざいっつってんの」


ぐぬぬと人を指差しながら歯噛みするイケメン、基美少年。恨めしそうな目がこちらに突き刺さってくるけど、毎日田所っちの相手をしてる身としては痛くも痒くもない。子犬かなんかの上目遣いだ。


「次はこのハコガクの東堂が勝つ! 覚えてろよタマ虫!」
「人の名前も覚えらんないような奴を覚えてる価値なんてねぇよ、カチューシャ」
「カチューシャ、だとぉ!?」
「正しくはだっせぇカチューシャだな」
「ダサくはないな! ダサくは!」


まさしく子犬のようにきゃんきゃん吠える男を無視して愛車を引いてテントまで歩いて行く。あんなのにファンクラブができるなんて、世の中やっぱ顔なのかね。

その時の私は、巻島裕介とは違うのだからとそいつがライバルになるなんて思ってもみなかったし、また会ったとしてもインハイなんだろうなとしか考えていなかった。あのカチューシャ野郎が、まさか本当に生涯のライバルになるなんて。

そんな未来を、私は楽観的に考えていたんだ。
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