His shadow is kept there.



夜。部活が終わって主将に挨拶してから裏門坂を下る。ものの数分で一番下まで来てからくるりと方向転換。すぐ目の前の斜度20%の激坂と対面すれば、何とも言えない高揚感が背筋から頭に向かってゾクゾクと登って行く。これから私はこの坂を登る。そう考えただけで勝手に舌舐めずりしてしまうあたり、私は重度の坂馬鹿なのかもしれない。もしくはどこかで彼の面影を引きずってしまっているのか。まあ考えてもしょうがない。

地につけていた右足をペダルに乗っけクリートを引っ掛ける。一呼吸置いて、残った左足で地面を蹴り上げれば景色は簡単に流れ始めた。

夜風が気持ちいい。秋の終わり。冬の始まり。その間の季節は一年の中で一二を争うほど自転車に乗りやすい期間だ。熱く火照った体を風が宥めてくれる。したたり落ちる汗がすぐに冷えてちょうどいい。肩上でサッパリ切った玉虫色がヘルメットから飛び出て揺れる。前よりも筋肉がついたせいか、思ったよりも速度が出ている気がする。何より楽しい。

息が切れていることにも気付かず、無心で坂を登って辿り着いた校門。サイコンを確認すれば前より2秒縮まっている。確かに、私は成長している。まだまだ細い手足に僅かな手応えを感じてガッツポーズした。


「こんな遅くまで精が出るな、巻島さん」
「は、き、金城!?」


それから何本か下って登ってを繰り返して、そろそろ帰るかとボトルを咥えていた時に校門の影から金城が出てきた。

見られた。咄嗟にバツの悪い気持ちになった。見られちゃ困るわけではないはずなのに、秘密の特訓って響きが存外気に入ってたらしい。汗だくなのが気になってメットをとってタオルを出そうとしたら金城に投げられた。咄嗟に取ったけど、人のを使うのはちょっと躊躇ってしまう。


「安心しろ、未使用のタオルだ」
「むしろ使いづらいような……」
「気にしなくていい、仲間だろう?」
「えっ、ええ?」


仲間。なんとも輝かしくて重い言葉だ。


「あ、はは、金城くんは女子にも優しいな。一緒に走れないのに仲間だなんて」
「さっきみたいに金城でいい。あとオレは優しくないぞ? ただ巻島さんと一緒に走りたいと思ったからな」
「はあ?」
「主将が巻島さんが部活が終わってから自主練してると教えてくれたんだ。来年、インハイの山を引いてくれるいいクライマーだと」
「ウソだろ寒咲さん……」


だから最近は金城から手伝いの申し出がなかったのかと納得。諦めたのかと勝手に思ってた。


「それにオレが心配だったんだ。女子といえどプレイヤーとして入部したのに雑用ばかりやらせてしまって、巻島さんが練習できていないんじゃないかと思った」


杞憂だったな、と薄く微笑む男前に恥ずかしくなって頭をかいた。というかかき回した。なんだこいつイケメンか。イケメンだった。知っていたとはいえ、やっぱり金城はイイ奴だ。田所っちと同じくらい。いや、女子の扱いに関しては熊と比べちゃいけない気がする。結論、金城イイ奴。

心のどこかで女子だからと遠慮してたとこもあった。だってここのポジションはもともと巻島裕介のものだ。私はその穴埋めで入ったようなもんで、どことなく巻島裕介の影を感じていた。男と女の違いってやつだ。けど、金城があまりにも普通に仲間だなんだといってしまったから正直気が抜けた。そうだよな、インハイで一緒に走るんだったら仲間って絆を大事にしなきゃ勝てるわけないよな。

受け取ったタオルで汗を拭って、ついでにグローブを外した手で金城に握手を求めた。


「悪い、タオルありがとう。あたしのことは巻島でいいよ」
「構わんさ。三年間よろしくな、巻島」
「よろしく、金城」


もうあと二年もないけどな。

そんな言葉は空気を読んで飲み込んで、がっしりとした手と握手した。
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