His direction looked at other way.



インターハイ三日目。始まって、終わりはあっという間だった。今日一日のことは正直よく覚えていない。あの瞬間が衝撃すぎて他が霞んじゃったのかもしれない。

突然飛び出した大きな背中。田所っちの大声。遠く、まっすぐ見えなくなった黄色いジャージ。悲鳴。汗。雄叫び。渇き。知っていた。全部知っていた。でも止められなかった。この事故もペダルを回す足も。何も止められない、止まらない。無力感? 自責? 後悔? 自業自得? それ見たことか? 違う、一つじゃなくて全部だ。全部がちょっとずつ、ちょっとずつ降り積もっていく嫌な感じ。でも私はそんなの無視して最後まで走り切らなければいけなかった。田所っちが諦めていない限り、金城が結果を待っている限り。やめることは許されない。一人だけカラーゼッケン取って今走るのを止めたらそれこそ古賀の言う通りだ。目立ちたいだけのクソ女だなんだと思われて後輩に馬鹿にされるなんて耐えられない。こちとら言われっぱなしで耐え忍ぶような大人しさは持ち合わせていない。一つでも順位を上げてゴールしてあのお堅い面引っ叩く。待ってろクソ眼鏡! とっくに割れてる眼鏡踏んづけてレンズ無しにしてやるからな!

最後の方はもはやそんな感じのことしか考えてなかった気がする。案外悪態を付いていた方が力が出るらしい。まだ大丈夫、まだイケる。自己暗示は思ったよりも効いていたのか、ゴールしてからの記憶がないまま目が覚めたのは例の一人部屋だった。順位は……何位だったんだろ。聞きたいような聞きたくないような。寝すぎて頭がぼんやりしてるのに、眠気はすっかり飛んでしまって、でも敷布団と皮膚がくっついてるのかってくらい起き上がれない。


「つかれた、なあ」


当たり前だよなあ。だってあんな長距離自転車一つで走ってきたんだ。疲れてなかったらどんな化け物だよって話。

何となくおかしくなって笑おうとしたら、喉の奥がくっついた。カラカラすぎて干からびそう。水分補給ちゃんとしたっけ。最後の方の記憶がマジであの眼鏡割るしか考えてないし、なんなら途中で飲もうとして頭にぶちまけたような。ヤバい。水飲まないと死ぬ。飛び跳ねるように、とまではいかないけど無理やり起き上がって備え付けの冷蔵庫までフラフラ近づく。中身は、なんで氷しかないんだアホか。脱力して思わずその場にしゃがみ込む。そういえば昨日買った炭酸も置きっぱにしてきちゃったし、ボトルは後輩に任せていたから冷蔵庫に物ないんだった。ヤバい。水道は共用のところまでいかないと。さすがにユニットバスの洗面所の水は気持ち的に微妙だし。いや、こんだけ乾いてたら気にならないか? つか汗ベタベタで臭い。このまま外出るくらいならサッとシャワー浴びて出た方がいい気も? うーん。

コンコン。

悩んでいる途中でドアがノックされる。私の部屋に来るのなんて金城か田所っちくらいだ。金城がここにいるはずがない。田所っちはまずノックしない。ということは、誰だろう。とりあえず居留守でいいかな、と思っていたのに。

コンコンコンコン。

ノックが一向に止むことはなく。無視するほど遠慮が無くなっていった。

コンコンコンコンコンコンコンコンゴンゴン!


「るっせぇ!!!!!」


しつこすぎてムカついたどころの話じゃない。完璧にキレた。悲鳴を上げる足を無視して反動をつけて起立。そのまま勢いを殺さず倒れ込むように入口まで行って力の限りドアを開け放った。「うお!」とびっくりした声が聞こえたけど知ったことか。手櫛で髪を整える気も起きなかった。たぶん傍目からしたら緑のボサボサ頭のせいで妖怪にしか見えなかったかもしれない。


「ス、スマン」


相手はあの容赦のないノックをしてきたとは思えないほどすぐに謝ってきた。というかコレ引いてるっぽい。いやこっちはそっちのノックにキレてんだぞ。いろいろひどいことになってる顔のまま睨むように相手を見上げる。


「部屋間違えてんぞはよ帰れ」
「いや、間違えとらんぞ」
「はあ?」


そこでドアの影になってるところからにゅっと頭が出てくる。黒髪のオカッパ頭。見覚えがあるような。もう一回ノック野郎の顔を見直す。


「スマン、コイツが男じゃって言うとったもんだから騒がしくしてしもた」
「はあ?」
「礼を言ったらすぐ帰る、ホンマにスマン」
「ス、スマンかった!」
「はあ?」


はあ? しか言えない。つかまた男だと勘違いされたの。チラとオカッパを見ると気まずそうに目をそらされた。謝る時くらいこっち向けコラ。


「ワシは広島呉南工業の待宮じゃ。こっちは井尾谷。昨日はホンマに助かった」
「昨日?」
「昨日の朝、割れとったボトル見つけてくれたじゃろ。あの時気付かなかったら大変なことになっとった」
「……………………あ」


呉南って、福富ボトル事件のあれじゃんか。

思い出した途端、キレていたことが嘘みたいに落ち着いた。待宮と井尾谷。あれか、三日目に集団引っ張ってくるダークホース。福富に恨みがあって、その理由が確か昨日のレース中にあったんだっけ。

福富、という名前を思い出して機嫌が急降下した。いや、なんつーかあいつ昨日一日だけでいろんな地雷原作ってるのなって。冷静になりがてら真顔になった私に待宮は上機嫌に話を続ける。


「おかげで今日は堂々と箱学と勝負できた。結果は二位じゃったが」
「は? 二位?」
「おう、二位じゃ。この雪辱は来年のインハイで必ず晴らすけんのう!」
「それは、お、おめでとう?」
「ホンマありがとうな! エッエッエッ!」


変な笑い声、という感想がぼんやりと浮かんだ。そのまま二人といくつか適当に会話をして穏便に帰ってもらった。とりあえず井尾谷は謝ってくれたから許す。呉南、普通に話す分には気のいいヤツらだったなあ、とか。いろんな感想が浮かぶのはたぶん現実逃避が入っているからだ。

呉南って確か三位入賞じゃなかったっけ? 二位? なに、なにがどうしてこうなって、あれ?


「なんか、ヤバい気がする」


悪くはないけど、良いとも言い切れないような。うん? つまりどういうことだ? 私が壊れたボトルを教えて、待宮のボトルが無事で、広島の順位が一個上がって? これヤバい? でも何がヤバいんだ? んんんん? 福富の悪行が一個減ったくらいしか思いつかない。それ逆に良いことしたって大の字で寝ていいんじゃね?

混乱と疲労で爆発した頭が考えることを拒否し始める。喉の渇きもシャワーも忘れて、私はもう一度布団に潜り込んだ。考えることいっぱいだと突然目がシパシパしてきた。明日考えよう。開き直って目を閉じた私の部屋に、田所っちがノックなしで突撃してくるまであと十五分。
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