She put her heart.



傷だらけのフレームを元の形に戻そうと古賀が頑張っている。ガチャガチャうるさいソレが耳障りだと思うのは、無駄なことだと分かっているからだ。


「もういいぞ、古賀」
「でも、金城さんが、金城さんが直してくれって!」
「金城は明日走れないよ」


カラカラの喉から出た声はテントの中によく通った。そんで、いつも以上に芯から冷めているのも感じていた。古賀が本当に、無駄なことをしているから。真っ黒に塗り潰された頭の中から機械的に言葉を選んでいた。自分の顔が死んだみたいに凍りついていて、自分で否定できないほど怖い顔をしている。皮肉混じりに口を持ち上げることも、今はできそうにない。


「だって、金城さん、明日も……走るって……!」
「古賀」
「直しますよ、オレが!!」
「やんなくていいつってんだよ!!」


田所っちと古賀の言い争いが始まりかけたところで手嶋がテントに入ってくる。金城の容態はやっぱり良くない。というか最悪だ。だって骨が折れてるし、コンクリートにぶつけた傷も酷かった。血だってそれなりに流れていたから貧血を起こしていてもおかしくない。一日で寝て治るような怪我じゃないし。無理して動かしたら後遺症だって出てくるかも知れない。

そんなボロボロのヤツを走らせろとはさすがに古賀も言えないらしい。グッと拳を作って、肩をいきらせる。その時コイツがどんな考えに辿り着いたかなんて、とっくの昔に分かり切っている。


「田所さん、オレ明日エー……」
「絶対ダメだ」


田所っちが喋る前に、口が勝手に開いていた。


「巻島さん……」
「間違っても、それ以上言うんじゃねえ」


思ったよりも荒い言い方が出る。驚いてこっちを振り返った古賀に構わず、田所っちはサッサとホテルに帰った。それでいい。さっきまで嫌われ役を買って出てくれたから、今度は私がやるべきだ。怖がられている後輩だとか、そういうのはこの際どうでもいい。

ここで止めないと、明日古賀は……。


「そんなに、自分だけ目立ちたいんですか」
「は?」


何て言うべきか、考えようとした頭はすぐに元の空っぽに戻った。目立つ? なんで、そんな話になるんだ? 「は」の形になっていた口は、次の古賀の責め口調でさらに開いていく。


「金城さんが落車して、喜んでるんじゃないですか? 昨日の飛行機で、一位にこだわるなって言ってたの、こういうことなんでしょう……自分より金城さんが目立つのが気に食わないから!!」


ポカンと、開いた口が塞がらない。



「巻島さんは総北の……金城さんのことなんてこれっぽっちも考えていないんだッ!!」



コイツは、昨日からずっとそう思っていたのか。

飛行機の私の下手な説得を聞いて、そこからこんな突拍子のないことを考えついたのか。どんな想像力だ、豊かすぎんだろって、笑い飛ばしてやれれば良かった。けれどこれは、この言葉は、無理だ。ぜんぜん、笑い飛ばせるようなことじゃなかった。

だって、ここまで飛躍させた原因はぜんぶ私への不信感だ。金城よりも、田所っちよりも、何よりも私のことをコイツは信用していなかった。だからあの礼儀正しい古賀が、こんな、先輩に面と向かって攻撃できる。私を憎んで、堂々と責められる。何故なら私が悪いんだと古賀が本気で思っているから。

ここで古賀を止められなければ、明日、コイツは怪我をする。今回を最後に、金城と一緒にインハイに出ることもなく、高校生活を整備士として終わらせてしまう。けれど、ここまで言われて、ここまで嫌われてる相手のために、この状況で何かしてやりたいと思う気力が出てくるだろうか。

こんなに憎らしい目を向けられて、どうやって説得すればいいか。


「確かに、金城のためには、ならない、な」


分からない。


「だって、お前のためだから」


何を言っていいのか、分からない。けれど、


「金城は、来年お前と一緒に走りたいんじゃねーの」


お前の将来に期待しているヤツの気持ちはどうなるんだよ。金城の代わりじゃなくて、お前がいっちょまえにエース名乗れる男になるのを望んでるのが金城なんだぞ。その願いを叶えてやろうとは思わないの。こんなとこで、こんな、一年目で終わっていいのかよ。


「お前こそ、金城のこと何も分かってねーじゃん」


こんな言葉が出てくるから、私はイイヤツにはなれないんだ。


「っ、失礼します!」


なあ、古賀。

テントから出て行った背中は、最後まで理不尽な現実に怒っていた。その現実には、たぶん私も入っているんだろうな。ああ、本当に最悪な一日だわ。


「手嶋、古賀の説得、頼んだ」
「えっ、は、はい!」
「青八木も頼む……絶対にアイツを止めてくれ」
「は、い……」


そんで、私も最低だ。

田所っちと二人で嫌われ役をかわりばんこしようとしていたのに、結局後輩にもやらせんだから。

テントから出て、フラフラとした足取りでホテルの一人部屋に入る。ソッコーで入ったシャワー室の中、声を出して泣いた。


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