She likes regular life.



「ありえねーショ」


柄にもなく、本当に柄にもなくその特徴的な語尾が出てしまったのは、やっぱり成り代わりという特殊設定故なのか。高校に入学するその前日にそれは起こった。


「どうやったらこんな綺麗な緑色に染まるの? それも寝ているうちに? 謎すぎっショ」


呆然と、目の前の無駄にでかい三面鏡の前でアホ面を晒す私。そこそこ有名ブランドを展開しているデザイナーの我が母は、私が右往左往する様をとても勝ち誇った笑顔で見て頷いている。今まで試作品の試着やイメージ作りのためのモデルとか、協力できることはなんでもしてきたつもりだけど、さすがにこれはない。本当はその細い肩に両手を置いてガクガク揺らしてやりたいところでもあるけれど、私は所々に散らされた赤のグラデーションがどうなっているのか探るのに手一杯だった。この綺麗な染まり具合、ぜったい知り合いのスタイリストさんを使ったに違いない。母よ、こんなドッキリ紛いのことに使っていい人じゃないんだぞ。

なんで、という呟きに返ってきた答えは、母曰く、娘ができたらパッションピンクか玉虫色に染髪するのが昔からの夢だったの、らしい。意味が分からない。あなたが寒色系が好きっぽいから玉虫色にしておいてあげたのよとドヤ顔でサムズアップされた時にはいつお返しにカルピス柄に染めてやろうかとコメカミが引きつった。

これが原作の修正能力ってやつ? ちょっと違う?

昨日まで日本人らしい黒だった髪の毛。肩くらいまでの長さのスッキリした髪型。それが一気に奇抜なものに変貌してしまい、絶望感が半端ない質量で体の上にのしかかってきた。


明日からの学校、どうしよう。



「どうしようも何も、ってか」


時間は飛んで、あれから二日後。昼休みの喧騒を目の前にしてぼっちで弁当をつつく授業一日目。黒髪社会の日本においてこんな歴史の教科書でしか見たことのないような玉虫色は、当たり前に悪目立ちした。

入学式に始まり自己紹介にグループ作成に係り決め、登下校はもちろん全方向から向けられるあまり居心地の良くない視線は止むことなく私に突き刺さってくる。幸いなのが、この髪が私の趣味ではなく親の趣味であると先生方が理解してくれたことだろうか。デザイナーの親、なんて他人から見ればかっこよく聞こえるが実際持ってみてこんな弊害があるなんて思いも寄らないことだろう。


文庫本片手に箸でプチトマトをぶっ刺して口に放り込む。高校で友達を作るのは諦めた方がいいかもしれない。二回目の青春は、たかが髪の色だけのためにお先真っ暗闇の味気ないものに思えてしまった。


「あぐあぐ、ふん、がっがっ」
「…………」
「む、もぐ、ぐっ、ふぐふぐ」


……隣の奴うっせー。

チラと左の席を盗み見れば、思ったよりも威圧感のある巨体がサンドイッチを詰め込んでいた。まだちゃんと噛んで飲み込めてないんじゃないかという内から肉が飛び出したのからツナが溢れてるのまでガツガツと勢いよく消費していく。おいおいそれ味混ざってるんじゃないの、もったいない。

もともと大きな顔がさらに大きく膨らんでいくのに軽い胸焼けを起こして、今日のお昼はプチトマト二個で終わってしまった。



それから何日か後、そいつの名前が田所というのだと知ったのは、数学の授業中のことだった。

数学というものは得てして眠いものであり、それがその日最後の授業ともなればみんなの疲れはピークに達する。授業中にお喋りする気力はおろか先生の声を聞くのすら億劫で、いつも以上に静まり返っている教室。だがそれは、今日に限っては窓際や前のほうの席の奴らのみに当てはまることだった。


ぐぅうううるるる

「…………」

ぎゅるるぅううう


……隣の奴うっせー。

毎日昼休みに響いてくるものとは別の騒音をこの時間にも聞くとは思わなかった。またしてもチラと見ていれば開き直ったかのようにぐったりと机に投げ出された上体がそこにあった。あんだけ食べてるのにもうお腹空いたのか。


「田所ーうるさいぞー」
「すんません」


いやすんませんじゃねえだろ。

そう思いつつ、頭の片隅でなんとなくたどころという名前が残ってしまったのが後の祭りだったのかもしれない。

授業終了まであと30分。依然として腹の音は収まらない。先生は諦めたのかもう何も言ってこないし、他の奴らは我関せず。内職なり居眠りなりで忙しそうにしている。隣の席に座ってる私はただただ腹の音にイライラする時間の連続だった。

あーもう我慢できない。

ルーズリーフにシャーペンで殴り書きして隣の席に投げる。ちょうどよく机の上に乗ったのに、机の持ち主はまだ突っ伏したままだったから消しゴムなり何なりを投げて無理矢理起こした。口パクやジェスチャーで手紙を読ませ、やっと差し出された大きな右手。先生が板書に集中しているのを注意深く見つめて、鞄に突っ込んでいた左手を瞬時に引き抜いた。


「!!」
「(や る)」


ガサガサとこぼれそうになるキャンディとトリュフとボンボンをなんとか渡し、口パクで伝えれば驚いたような三白眼がこっちをガン見していた。心なしかキラキラと輝かせて。やめろそんな大型犬かなんかみたいな純粋な目で見るな。

居た堪れなくなった視線が隣の席からノートに視線を泳がせて書きかけの板書に気付いた時、とても近くから椅子を倒す音が聞こえた。


「お、おお恩に着るぜ緑髪ィイ!!」
「田所ォオ!!!」


あ、なんかまずった。


思いっきり菓子を握ってるたどころの感極まった顔と先生の仏の顔も三度と言わんばかりの形相。それをどちらも視界に入れてしまった私は、これから起こりうる事態を予想して口元を引くつかせた。

こうして私は隣の席の田所と交流を持つことになり、それに伴いクラスで浮かない程度の立ち位置を確保したのだ。まさか田所が高校生活における無二の親友になり、あまつさえ三年の熱い戦いへの伏線になるだなんて露ほども思わなかったのだけれど。


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