His voice influenced feelings.



新しい朝が来た。これって何の歌のフレーズだっけ。

起きてまず窓を開けると爽やかな風が部屋の中に入ってくる。朝だからまだ涼しさがあるけれど、これがもう一時間しないうちに鬱陶しいほど熱くなるんだろうな。誰も彼もが犬みたいに息を荒くしてただ一心にペダルを回し始める。頭おかしいよな。だってそれが楽しいんだからさ。

目の腫れは引いた。タオルで冷やしながら寝たから、なんとか見れるくらいには回復したらしい。男子の中で女子一人だから貸してもらえた一人部屋。誰もいないのをいいことにさっさとサイクルジャージに着替え始める。最初はノーパンに直でジャージ履くのが恥ずかしかったなあ。今は全然だけど。下履いてスポブラ着けて上のジャージを羽織りかけて、赤色の布切れが目に付いた。

赤ゼッケン。1日目の山岳賞。なにがなんだろうと私は山岳リザルトを取ったんだ。誰と同時だろうがハンデ貰ってだろうが関係ない。総北は箱学には及ばないけれどカラーゼッケンを手に入れた。他のチームよりも一歩どころか何歩も箱学に近い位置にいる。今はそれでいい。このアドバンテージを全部金城に託す。それだけが私に出来ることで、悔しいって思う段階は昨日で通り過ぎた。

これでいい。悔しさは自転車にぶつけるしかない。それが一番だ。

ジャージの前をゆっくり閉めて深呼吸。晴れ渡った空に見向きもしないで窓の鍵を閉めた。


「お、食ってる食ってる」


朝食の会場に行ってみれば既に空の皿が並んだテーブルにみんないた。各々マイペースに食べてる中、口の中に詰め込む田所っちがものすごい。バイキングで適当によそってきた朝食のトレイを置いて、ふがふがうるさい田所っちの隣に座る。


「おはよう巻島、コンディションはどうだ?」
「おはよ。まあ、悪かないよ」
「ハッキリしねぇ言い方だなァ! そこは悪くても良いっつっとけや!」
「物食ってる時は喋んなよな」


きったね。適当な布巾で飛んだカスを拭きつつ自分の分のご飯も消費しておく。朝はあんま食いたくないけど、食べなきゃやってらんないのがスポーツってやつだ。最低限詰め込んで、あとはレース中にゼリー流せば大丈夫でしょ。ということでさっさと食べ終わってトレイを下げようとしたところで周りのざわめきが耳に入った。


「おい、アイツだぜ。昨日の山岳賞取ったヤツ」「箱学と並んだ女だ」「しかもアイツ二年だろ」「あんな細い体でどうやって」「どんな手使ったんだか」


あ、なんか別の意味で吐きそう。浮かせたトレイをテーブルに戻す。いつの間にやら周りの視線が自分に突き刺さっている。なんか、鳥肌立った。そういえば昨日は寝てたから知らないけど表彰台乗ってたらこんだけ見られたってことだよね。なんだこれ。普通の大会より視線が怖いんだけど。もしかして私周り見てなさすぎ? これに気付かないとかめちゃくちゃ鈍感じゃないの。


「巻島」
「な、なに?」
「ヨーグルト取ってきてくんねーか」
「は?」


立ち上がるタイミングが掴めなくてそわそわしている時に、はちみつサンドを食べ終えた田所っちがそんなことを言ってきやがった。こんな時にパシリかよ空気読んで。


「それくらい自分で行けよ」
「いいや、お前が行け」
「絶対ヤダ」
「行け」
「なん、で……」


なんつー顔してんだ。

思いのほか相手の顔が真剣すぎてビビった。ビビりすぎて視線に気付いたときより体が震えた。忘れてたけど田所っちが一番怖い顔してんだよな。いっつもガハガハ笑ってたりニヤリとあくどい顔してたりが普通だから、こう真面目な雰囲気を出されると困る。とても困る。


「女だかなんだかの理由でお前が遠慮するこたァねーよ。巻島が取ったリザルトはオレたちの誇りだ。それを怖がるな。恥じるな。何言われようが胸張って歩け」


開いた口が塞がらないとはこのことかもしれない。朝っぱらからなんてことを言ってるんだコイツは。


「いいか、お前の頑張りに難癖つけるヤツはただの負け犬だ。お前に負けた有象無象だ。そーやって上から目線でバカ笑いしろ。勝ったヤツにはその権利がある。負けたヤツに怯えるなんてそれこそバカだぜ」


バシンと思いっきり叩かれて物理的に椅子から体が浮いた。痛い。いや、それどころじゃない。目が熱い。口元が震える。おい。おい。一晩でやっと目元の腫れが引いたのに、なんでまた腫らそうとしてくんだよ。これからレースって時に、田所っちめ。


「いいな、巻島。分かったら早くヨーグルト持ってこい。ついでにお前も食え。雀の餌分しか食ってねェじゃねーか」


結局ヨーグルト食いたいだけか。

思いっきりツッコミを入れてやりたかったけれど、それをできるほどの余裕はない。泣かないようにするだけで精一杯だ。


「ひ、人を小鳥扱いしてんじゃねえっ」


やっとのことで絞り出した捨て台詞を吐いて、一度置いたトレイを下げるために歩き出す。まっすぐ前を向いて、堂々と。こっちを見てくる輩なんてもう気にならない。気にしない。やーい女に負けてやんの、ぷぷぷ。気分はそんな感じだ。ちょっと痩せ我慢入ってるけど。まあ、ついでにヨーグルトなりなんなり持ってってやりますか。


「ええチームやな、総北」


通り過ぎたテーブルのどこかから聞こえてきたその言葉が、誰のだか知らないけどとても誇らしかった。
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