His role leapt over somewhere.



インターハイ1日目が、終わった。

山岳リザルトのラインを越えて、その瞬間から私はほとんど記憶がない。走りきったことで張り詰めていた何かが一気に弾け飛んで、気がついたら田所っちに支えられながら流れる景色を眺めていた。青い空と緑色の木々がコマ送りになって見える。頬を滑っていく湿気のある風が私が今走っていることを不躾に教えてきて。そうして、ゴールラインを過ぎた瞬間に私は意識を失ったらしい。

その報告をしてくれた金城は今、私の枕元に胡座をかいてこっちを見下ろしている。仮にも女子の寝顔を見ておきながら暗い顔するなんて失礼すぎる。金城ってもうちょい気を使うということ知ってるヤツだと思っていたのに。寝起きで眩しく感じる部屋の中を慣れるまでじっと睨む。でも変だ。とっくに目は慣れてるのに、梅干を食べた時みたいな酸っぱい顔のまんま表情が変わってくれない。胸がモヤモヤして仕方ない。

被っていたタオルを握り締めて、膝の上の赤いゼッケンを見つめた。


結果から言うと、私は山岳リザルトを取った。

120人の高校生の中で、一番最初に山のテッペンに辿り着いた。けど、それは誰よりも速くってわけじゃない。このゼッケンと同じ色のゼッケンを、箱学も一枚持っている。私は、箱学と同着の一位だった。

本当は私の意識があれば箱学と同じステージに立ってゼッケンと花束が貰えたんだけど、私は今の今まで寝ていたらしい。代わりにゼッケンを貰ってきてくれた金城が教えてくれた。驚く程私の話題で持ちきりだったらしい。全部のゼッケンを手に入れた箱学勢に紛れて無名の高校の無名の選手、しかも女がステージに登るかも知れないってことで。けど私はその時救護テントで寝てるわけだからマスコミがテントに押し寄せて大変だったんだと。寝てて心底良かった。そう思いはしても、口に出すことは絶対にできない。軽口を叩けるほど私は仲間に対して無頓着じゃないし、私自身にもそんな余裕はなかった。

金城は一番にゴールすることはできなかった。飛び出していった箱学のエースどころか他の選手にも追いつくことができず、結果は五位でのゴールだった。総北のジャージを一番にゴールに叩き込むという大事な役割を、彼は果たせなかった。それを、金城は負い目に感じている。あの金城が、って思いはしてもそこまで驚きはしなかった。だって金城はこう見えてまだ高二で、今年最後の先輩たちに託された唯一のエースなんだ。そのプレッシャーは想像できるものじゃないし、それを私が簡単に分かってはいけない。それに私は、たった今降って沸いた何とも言えないモヤモヤを整理するので精一杯だ。こんな気持ちのまま、下手な言葉をかけるべきじゃない。


「金城、あたしちょっと風に当たってくるわ」
「待て巻島、ホテルの人がお前の分の夕食を用意してくれた。食べれそうなら食べてきたほうがいい」
「そっか……金城もとりあえず風呂なりなんなり行ってこいよ」
「……ああ」


お互い一人になったほうがいい。それは金城も同意見みたいだった。

二人して黙って部屋を出て、金城と別れてからまず風呂に行った。誰かがタオルで拭いてくれたからか体はベタついてないけど髪の毛は最悪に汗臭い。ほぼ貸切状態の浴場でちゃっちゃと洗って、髪を乾かすのもそこそこに用意してもらったご飯を食べる。ほとんど食欲が出なくてなんとか一膳平らげたところで財布を持って外に出た。

外はとっくに真っ暗で、時計を確認すると夜の十時を過ぎていた。どんだけ寝てたんだよ。自分自身にツッコミを入れて、気を落ち着けるためにとりあえずサイダーを買った。炭酸は苦手だ。開けた直後のシュワシュワが痛くて仕方ない。だから私はいつもしばらく炭酸が抜けるまで蓋を開けて持て余すんだけど、今はその待っている時間が欲しかった。

自販機の脇。ぼーっと空を見上げる。ここのホテルは街から離れた立地にあって、夜空は星が綺麗で、虫の声が風流に感じられるくらいには落ち着く場所だった。考え事をするのもちょうどいい。だから私は気兼ねなく考え事をすることにした。議題は私が今感じている消化不良について。せっかく赤ゼッケンを手にしたのに納得できてない自分についてだ。

山岳リザルト、よく私が取れたもんだ。今でも信じられない。あの箱学の、しかもゼッケンが3番だから紛れもなくエースクライマー、高校生クライマーの頂点みたいなもんを相手にしてだ。そんなヤツと競って同着って、私化け物かよ。女子がこんなギリギリの戦いに交じれるなんて思ってもみなかった。

本当、なんで取れたんだろう……。

あの時、私がギリギリ競り合うことができたのは、箱学が後から時間を置いて追い上げてきたからだ。セオリー通りにいくなら先頭集団の中で絶好のポジショニングをするはずなのに、私が追いついた時点ではあのジャージはどこにもいなかった。それっておかしいんじゃない? だってあの天下の箱学が私でも追いつける集団にいないはずがない。つーことは、最初から集団につく気がなかったってことだ。

いや、別に単身で行くこと自体は珍しいことじゃない。箱学ってのはそれだけレベルの高い集まりだろうし、集団なんかに頼らなくても行こうと思えば行けるはず。問題は本気を出してない私がなんであんなに長い時間独走できたかってこと。そんで残り僅かになってなんで相手が急に追い上げてきたのかってこと。そんなの、トラブルがあって飛び出すのが遅れたこと以外考えられない。けれどアイツはどこをどう見てもピンピンしてたし、焦った様子なんてリザルトラインを切る寸前まで感じなかった。それって、なんかおかしくない? まるでタイミングを見計らったみたい、で……え?

何分そうしていたのか。近くの自動ドアが音を立てて開いたところで強制的に意識が現実に引き戻される。


「タマ虫……いや、巻島裕……?」
「お前かよ……」


なんで今なんだ。

カチューシャもしていない東堂を見上げて、今さっき思い当たった可能性を消化できないまま溜め息をついた。会いたくないヤツ筆頭だったのに。


「な、何故オレの顔を見て溜め息をする!?」
「あー、あー、ホントに悪いけど今はアンタに構ってる余裕ない」
「なにぃ!? この美形を前にしてよくそんなもったいないことを言えるな!!」
「だから、どっか行ってくれって」
「納得いかん! ウチと同着一位を取っておいて辛気臭いツラして、」


だから喋る男は嫌いなんだ。簡単に人の地雷を踏み抜いていく。今の私みたいに、閉じ込めようとしてた感情が、無理やり喉から引きずり出される。そう、私はどうしようもなく怒っていた。とてつもなく腹立たしかった。辿り着いた瞬間に私の今日感じた楽しさや、苦しみや、喜びが、真っ黒に塗り潰されていく。

もう止まらない。もう手遅れ。


「ほっとけっつってんだよッ!!!」


右手のサイダーが地面に溢れた。

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