His turn is hers.



『なんと、千葉県代表総北高校ゼッケン76番はインターハイ全国大会史上まれに見る女子選手です! 彼女がこの舞台で男子を相手にどれだけの爪痕を残せるのか観ものですね!』


うっせ! うっせ!

スタート10分前の張り詰めた空気の中、実況だか解説だか分からない声に鼻白む。どこぞにあるスピーカーに向かって無駄な情報垂れ流してんじゃねぇって噛み付いてやりたかったけど、こんなところで無駄な体力は使いたくない。ということで俯いて集中してますってフリをすることにした。いやだって後ろからの視線が急に強くなったし。そりゃそっちからはゼッケン丸見えだもんな。

あれ、でも女だってパッと見で分かるだろうから最初からジロジロ見られるもんじゃないの? うん?もしかして気付かれてなかったとか? え? 気付かないの? 男子高校生の目は節穴か。


「気にするな巻島、お前はお前の役割を果たせばいい」
「ああ、うん」


そっちを気にしてるわけじゃないんだけど。むしろそっちを忘れてたんだけど。

金城の微笑みとバリトンボイスには頷くしかない。ちなみにいつもならここで茶々を入れるはずの田所っちは急に緊張し始めて真顔の無言だ。さっきまでの威勢は自分を鼓舞するものだったらしい。おいおい。二年三人のちぐはぐな雰囲気が微妙に締まらない。おかしい。さっきまではもうちょい緊張感ってやつがあったはずなのに。

釈然としない中、ずいぶんと呆気なく空高らかにピストルの音が響き渡った。


『インターハイ広島大会ロードレース1日目、スタートです!!』


クリートを引っ掛けた右足に体重が乗る。クランクが、ディーラーが、チェーンが、ホイールが、ロードバイクという乗り物を進ませる。この当たり前なハズの連結が、ここにいる120人のロードで一斉に起こっていると思ったらぶるりと身が震えた。緊張とか怖いって感じじゃなくて感動という意味で。ああ、私、レースに出てる。インハイに出れてる。最初の数kmのパレードラン、先行車が白い旗を振るまでの長くて短い間。まだ本当のレースの熱気を感じていない内からそんなことを思ってた。感動する暇なんてすぐになくなるってのに。


「行け、巻島!!」
「ええ!?」


1日目ファーストリザルト。当たり前のように箱学に奪われたグリーンゼッケンと変わらない集団の主導権。それに分かってはいたものの歯がゆい気持ちで眺めながらも、すぐに山を引くための準備をし始める。

今年のコースは山岳リザルトまでの距離が比較的短い。標高800mオーバーという高さに反して距離は僅か数km。そんだけ短い距離に収まってるってことはつまり斜度がそれほど高いってわけだ。どれだけ速く動き出すかも重要だけど、それからは実力で登ることを要求されるコース。残酷なほど篩にかけられる。それに生き残れるかはまだ分からないけど、できるだけいいところまでは行ってほしいな。そんな他力本願なことを考えていたはずなのに。チームを引くために前に出た私は後ろにいる、本来山岳リザルトを取るために上がるはずの先輩に背中を押されて目を見開いた。


「なん、なんで? ここは先輩が行くところですよね?」
「いや、ここは巻島が行くところだ。お前が行け」
「だってオーダーでは」
「たった今オーダーを変更する。巻島、山岳リザルトを取ってこい!」
「だっ、ええ、だって……」


戸惑う私をさらに後押しするようにリザルト争いから戻ってきたばかりの主将から新たにオーダーが出る。おかしい。だってこんなの聞いてない。普通ここはエースクライマーが行くもんでしょ。それとも1日目は温存して2日目に出す気なのか。いや、それにしたって初っ端のこの大事な局面で私を出すのはおかしすぎる。

なんで、どうして。そう繰り返したかったのに、再度背中に添えられた手がそれを許さない。


「早く行けよ……頼むから、オレの決意を鈍らせないでくれよ、巻島ァ!」
「だって、あんたが一番あたしを、」
「オレだってな、認めてぇんだ、だから、認めさせてくれよ……勝ってこいよ巻島##name2##!」


グン、と。さらに強く背中を押されて、ついに私はチームから離れて前方へと上がってしまった。予想外すぎる事態で、でも誰かに聞く時間もなさそうだった。振り返った先には1日目なのに既に泣き笑いしてる先輩とニヤリとあくどい笑みを浮かべる他の連中。古賀だけは真剣な顔でこっちを見つめてる。こいつらこうなること知ってたのかと問い詰めたい気持ちを必死に抑えて、私はしっかりと前を見据えた。やけくそでもそうしなくちゃいけないと思ったから。

既に何人かは見えないところで集団を形成しているはず。恐らく多くてもまだ二つ。箱学はまだ出ていない。それだけ余裕があるってことだろう。ムカつくことに。

今まで回してきたおかげで足は十分に動く。体も温まってるし、田所っちが引いてくれたおかげで体力も全然使ってない。調子は良好。混乱も落ち着いて、テンションはたぶんもうすぐ上がる。いや、絶対上がる。見栄でもなんでもいいから形だけ笑って、反射でシフトレバーを二回タップした。


「頂点(テッペン)、獲るぜ!」


口に出してしまったら、あとは実現させるだけ。
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