His reality shifts her uneasy.



レースの次の日の学校は、前とは比べものにならないほど体が元気だった。多少の気怠さや疲れは残ってるけど、前みたいに自転車に乗れないほどやばいわけじゃないし。話を聞くだけのつまらない授業以外は居眠りなしで集中できる。隣の田所っちのほうが毎時間健やかに眠っていたくらいだ。勉強しろ高校生。

何度か小突いてやろうかと手が伸びかけて、元の位置に戻すという動作を繰り返した。毎日練習で遅くまで回しっぱなしで疲れているもんね。せめて今くらいはそっとしておいてやろう。まあ、イビキがうるさすぎてすぐに先生からのお叱りで目を覚ますんだけど。

放課後、よく寝てよく食べてあとは体を動かすだけという小学生みたいな男と並んで部室まで歩く。とっくにサイクルジャージに着替え終わってた私はまだほかの部員が着替えているであろう部室には入らずに、一年生によって外に用意されてあった愛車に跨って一足先にローラーを回す。骨に響く重低音で体が温まり始めたところでレギュラー陣が揃って部室から姿を現した。


「待たせたな巻島」
「いんや、準備運動してたから大丈夫」


もうこれくらいで悲鳴を上げるようなヤワな足じゃない。

三本ローラーの上からタイムを下ろしてみんなの列まで引いていく。先輩方二人と一年一人、そんで金城と田所っち。この五人と一緒にインターハイの舞台を、広島の道を走る。今まで集団でしか走っていなかった女の私が、男に混じってレギュラーとして練習に参加できている。着実に原作の道を歩いて行っている。


「よ、よろしくお願いします巻島さん」
「ん、よろしく」


あれ、それって本当にいいのか?

隣に並んでいた眼鏡の巨体を見上げる。初めて近くで並んでみて分かったのは、身長だけじゃなく肩幅も半端ないってこと。ごっつい肩してるわ。メガネでほのぼのした顔じゃなかったら田所っちの次くらいにとっつきにくそうなヤツだ。

一年の古賀公貴。今年入ってきたばっかのヒヨッコなのに、当たり前のようにこいつにみんな期待してる。一年で体格も技術も揃ったスーパーエースだってさ。そりゃ田所っちと金城が一目置くのも分かる。けど、そんな風に一年の内からすごいと持て囃されるこいつはこのインハイで大きな怪我を負う。二年もの時間を棒に振るような大きな怪我だ。高校生の二年間なんてどんだけかけがえのないものか、よくよく考えなくたってすぐに分かった。このまま原作の道を行けばこいつの高校生活を台無しにする出来事を見過ごすことになる。こいつを見捨てることになる。

それは金城にも言えることで、むしろ古賀の怪我は二日目の金城の落車とリタイアが原因だと言える。金城という絶対的な先輩の背中が見えなくなって、古賀のメンタルがガタガタになったと考えるとこっちの方が重大な気もしてくる。そんな未来を全部あらかじめ知っていて、何もしないでいることが私に出来るだろうか。もしくは、例え見過ごせなかったとして、私は彼らに何ができるのか。どうすればそんなことが起こらなくて済むんだろ。

福富と金城の勝負をなくさせる? 福富に手を出さないように頼み込む? 金城に二日目のステージ優勝を諦めるように進言する? うわ、ムリムリ。全部が全部成功しそうにない内容ばかりで軽く頭から湯気が出かけた。


「あ、あの、巻島さん? オレ、なんかしました、か?」


深く考えるほどにさらに深いドツボにハマってくってこういうことか。てかインハイ前に考え事とかずいぶん余裕になったな自分。まだまだ欠点は残ってるし、練習に集中しなくちゃいけないって時に。少し反省しながらメットをする前に特に意味もなく髪の毛をいじり始めたあたりで古賀が何故かどもりながら聞いてきた。いや、ほんとに何故どもる。


「巻島ァ、あんま一年をいじめてやんなよ」
「ん?」
「なんだ無自覚か? 怖い顔して睨んでたじゃねェか」
「はああ? 怖くないし、睨んでないし!」


何言ってんだこの熊野郎。手刀で古賀とは逆隣の巨体の肋骨を攻撃する。熊のような体相応の筋肉が指を弾いてむしろこっちが被害を受けた。痛い。


「古賀ァ、あたし怖くないよな?」
「え、は、はい!!」


必死に頷くなよ、本当に怖がられてるみたいじゃないか。

私が微妙な顔になったところで田所っちの向こうの金城が耐え切れなかったように吹き出した。笑い事じゃない。睨んで口を開きかけたところでやっぱり何も言わないで閉じる。意外と強かな金城のことだ、華麗な言葉で有耶無耶にされるから下手に言い返せない。彼はいいヤツではあるけれど、それだけではないヤツでもあるんだ。

釈然としない気持ちのまま主将の号令で今日の練習メニューが始まる。総北高校の正門坂を緩やかに下り始め、夏の蒸し暑い風が体の回りを流れ始める。それに無心で身を任せた私は、自分以外のことでも考えなきゃいけないことを増やしてしまったのだと、その時はまったくこれっぽっちも気付いていなかった。


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