小鞠くんと翔くんと



「あ、久しぶり、翔くん!」
「お疲れ様です、御堂筋さん」
「……どっから湧いたん、キミ」


当たり前のように岸神小鞠の横でニコニコと笑う姉に御堂筋は心底呆れたように声を発した。実際その呆れ具合は半端なものではない。

高校二年に進級し、新体制で始まった部活。憎き千葉総北の敵情視察のため遠路はるばる新幹線でやって来たサイクルスポーツセンター。あまりにレベルの低い選手たちに失望し、帰ろうと入口で小鞠を待っていたところで姉が一緒に登場したのだ。彼は名前に一言だってこのサイクルスポーツセンターに来るなんてことは漏らしていないのに。

そのことを尋ねるとあっさりと水田からのメールで知ったのだと言う。いつの間にメルアドを交換したのか。御堂筋の中で水田への苛立ちと姉への呆れがより増した。


「いろいろ教えてくれてありがとね、小鞠くん」
「いいえ、御堂筋さんのお姉さんですし、僕も仲良くしたいですから」
「そう言ってもらえると嬉しいなあ」


と言いつつ携帯を取り出してメルアドを交換し始める。小鞠が背も小さく顔も小ぶりなせいか女子同士のやりとりに見えなくもない。が、御堂筋は彼がどれだけアブノーマルな人間か熟知していたために、思わず名前の手から携帯を取り上げていた。


「え、どうしたの翔くん」
「うざい、干渉してくんなや」
「じゃあ翔くんもちゃんと電話出てよー。ちゃんと週一に抑えるから」
「考えとく」
「それってNOとどう違うの?」


どさくさに紛れて抱きついてきた名前の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜている間、御堂筋は向かいの男の様子がよく見えた。小鞠の目が妖しく揺らめいている。獲物を目の前にチラつかせられた猛獣というより、最高の食材をどう調理しようか悩む料理人のようだ。御堂筋は名前が見ていないのをいいことに歯茎むき出しで威嚇した。


「御堂筋さんって、意外とお姉ちゃんっ子だったんですね」
「そうなんです。お姉ちゃんっ子なんです」
「うっざ」



***



目の前で倒れてきた少女を見た時、岸神小鞠は特になんの感慨も浮かばなかった。

雨で足が滑ったのだろう。見たところ目鼻立ちの整った、ちょっとそこらにはいないような美少女だ。服の上からでも分かる女性らしいふくよかさや華奢な手足は、確かに思春期の少年が思い描く夢が詰まったような人間だと思った。小鞠だって健全な高校生だ。少ないなりに異性への理想も興味もあった。が、そんなものはロードレーサーの筋肉ニクを目の前にすれば月とスッポンほどの差がある。

だからこそ。小野田坂道という極上の獲物に触れた直後の手で、柔らかいばかりの筋肉を揉むことに僅かばかり嫌悪が上回った。

ふにゃり、と。若さ特有の張りと異性特有の脆さを備え合わせた腕が手に吸い付く。夏服のセーラーだったために服越し以上に詳しい情報が頭の中を駆け巡る。それを理解し尽くされたのは、彼の胸板に胸が押し付けられ、白い手が肩に置かれた時。その瞬間に彼の頭に浮かんだたった一言は、決して彼女を罵倒するものではなかった。


「もったいない」


適度な運動と適度なストレッチ。可もなく不可もない鍛え方をされてきたであろうそれは、育てれば極上の筋肉になり得る可能性を秘めていた。そう、もし彼女がロードに乗っていたなら、御堂筋のような素晴らしい逸材になりえただろう。目を瞑れば手のひらで想像できるほどの最高の感触が待っていただろうに。


「お姉さん、ロードに乗る予定はないんですか?」


彼女と別れてからさらにあからさまな態度を取るようになった御堂筋。不機嫌さを隠そうともしない先輩にも臆せず小鞠は問いかける。


「、君にはカンケーないやろ」
「ええ? 教えてくださいよ」
「なに必死になっとるん? キッモ!」


必死になっているのは御堂筋の方だろうに。

一瞬の間が少しだけ気になったが、特に追及することもなく。小鞠は口内に溢れる唾液を飲み込んだ。少なくとも、御堂筋が目を光らせている内は彼女に近付くことは難しいだろう。それが残念でならない。


連絡先、ちゃんと交換しておけば良かった。少しだけ、小鞠は後悔した。


企画へのご参加ありがとうございます! 小鞠くんと仲良くとのことですが、仲良く(意味深)になってしまいました。御堂筋くんの比重が多すぎた感じも否めません。小鞠くん好きなので次の機会にもう少し仲良くできるようにリベンジしたいです。素敵なリクエストありがとうございました!

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