if/もしも荒北と付き合ったら



「荒北さん見てみてこれ!」
「アァ?」


自転車競技部の部室が見えるいつもの空き教室。部活が始まるまでの少しの時間に顔を出した荒北は、ずいっと眼前に突きつけられた携帯の画面に釘付けになった。


「この前帰省した時の翔くん! 写メにしてはよく撮れてません?」
「アァ!?」


個性的な表情筋をフル活用した見事な嫌悪顔だった。

無遠慮に腕に抱き付いてきた自分の彼女が別の男とのツーショットを見せてくる。右手のべプシが変な音を立てて凹んだ。ボタボタと手を伝ってこぼれる気持ち悪さも気にならないほど、荒北は歯茎をむき出しにした。

イライラさせられるのはいつも通り。この御堂筋名前という異星人は荒北をイラつかせることにかけては東堂に引けを取らない。それも無意識にだ。もう惚れた弱味で諦めたことだったが、それ以上に我慢ならないことがある。


「近いんじゃナァイ!?」


名前が気を許した相手に対して急激に距離を詰める人間だとは知っていた。だが、それはあまりにも近かった。

胡坐をかいた御堂筋翔の上に座って上目遣いにカメラを見る名前。彼女の体を両手でギュッと抱きしめて頭に顎を置く御堂筋。同じくカメラに視線を向ける目は、自転車に乗っている時のように限界まで見開かれている。

あからさまな威嚇だった。

こぼれたべプシをポケットティッシュで拭っていた名前が、丸い目をさらに丸くして荒北を見上げる。


「え? いつも通りですよ?」
「いつも通りィ!?」
「中学からこれやってます」
「からァ!? 普通は中学までジャナァイ!?」
「えー、そうかなぁ? でもでも、珍しく甘えん坊さんだったんですよね。ずっとくっついて一緒にアニメ見たり、この写真だって翔くんの方から撮りたいって言ったんですよ!? 荒北さんと付き合う前はもっとドライだったのに! これってヤキモチ!? ヤキモチ妬いちゃった!? もうお姉ちゃんほんっとーに嬉しくって!!」


たとえ奇声を上げていようと。蕩けた顔を両手で抑えてはしゃぐ名前は誰もが見惚れる美少女だった。反面、至近距離で見せつけられた荒北は狼のように喉の奥でグルグルと唸った。


「思いっきりオレへのアテツケじゃねェか!!」


『あれェ? おかしィな? 弟のボクゥの方が名前ちゃんと仲良しなんて、荒北クゥンは本当に名前ちゃんと付きおうとるの? ぜーんぶ荒北クゥンの妄想ちゃうん? キィモッ! キモキモキモォーー!!』

聞こえた。インハイの時に聞いた声でハッキリ聞こえてきた。余裕で再生されてしまったがために、写真じゃなく本人に面と向かってめちゃくちゃ煽られた気すらしてくる。荒北の歯ぎしりが増した。

ドンっと机にべプシを置いてから名前の腕を取る。教室の隅に移動し、壁に寄りかかるように地べたに座り込み、胡坐をかいた膝に名前を無理やり座らせた。無理やりだ。僅かに抵抗する素振りを感じ取って荒北の眉間にさらにシワが寄った。

何でだ。自転車乗りの太腿に乗せるという破格の待遇の何が気に入らないのか。先ほど相手が抱き付いてきたような無遠慮さで腰を引き寄せる。御堂筋との写真と同じように、隙間もなく密着した体からは汗と洗剤の混じった匂いがした。


「あっ、荒北さん!?」
「弟とできンならオレとだってできンだろーが」
「えっ、いえ、え、えへへ?」
「ヘラヘラしてんじゃネェ! 早く写メ取るぞ!」


はい、ちーず!

やけっぱちの掛け声と共に取った写真は御堂筋のものほど親密さが伺えない。何故なら名前の表情が格段に硬いからだ。


「テメッ、ンでヘラヘラしねェんだよ! 笑え! さっき見てェに笑え!」
「え、ええ、だって、」


うろうろと目を行ったり来たりさせた名前は、少しだけ頬を赤らめていた。


「好きな人とは、ちょっと恥ずかしいですね」


この女、絶対狙ってるだろ。

素でコレなことはニオイで理解しつつ、思わず舌打ちが漏れた。


「仕方ネェなァ、名前ちゃんは」


滅多に呼ばない下の名前で呼ばれ、名前がビックリした隙を突いて頭を引き寄せる。荒北の首筋に顔を埋める形になった彼女と、彼女の頭に頬ずりする形になった荒北。真っ赤な耳にギリギリくっつきそうなほど近付いた唇が勝ち誇ったようにニィと吊り上がった。

パシャッ。


「オレ以外にその顔見せんなよ、名前ちゃん」


以降、送られて来た写メに対抗するように親密()な写真を送り合う弟と彼氏の仁義なき戦いが繰り広げられたとか。無限ループって怖くね?



企画へのご参加ありがとうございました! 更新が遅くなってしまってすいません! 梔子ifで、お姉ちゃんが荒北さんと付き合ったら翔くんがヤキモチ妬いてくれて、歓喜したら今度は荒北さんがヤキモチを妬く、という可愛らしいリクエストでした。弟と彼氏の板挟みで嬉しい悲鳴を上げるお姉ちゃん、魔性の女ですね(笑) 珍しく照れるお姉ちゃんが書けて楽しかったです。素敵なリクエストをありがとうございました!

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