くたくた



山の上に建つ箱根学園はその立地上どうしても閉鎖的な空間になってしまう。少なからず実家から通学している生徒も存在するが、寮生とは比べるまでもなく少数派に他ならない。故に学園は常に話題に飢えていて噂の回る速度は尋常ではない。各方面の功績者の名前など一日に一回は誰かが口に出すし、人気者となるとそれなりの人数が集ってミーハーな集団を形成する。東堂ファンクラブなどそのいい例だ。本人が調子に乗って元来のナルシストをさらに悪化させてしまうほどに閉鎖的な学園の性質は厄介なものであった。

と、ここで最近話題に上る人物の話をしよう。

今年入学した新一年生。入試トップの生徒が必然的に代表として登壇しなければならない新入生代表の挨拶。今年の代表は女子。それも奨学特待生。話題性としてはそれだけで十分だったが、彼女の容姿がさらにそれを助長させた。ただ単純に、可愛かった。淡い茶色の髪に黒目の大きな瞳。長い睫毛で彩られたそれが僅かに細まるだけで春が来たような錯覚に陥る。頭が良いのに可愛い。この二つのコンボで単なる話題にプラスして生徒たちのミーハー精神が爆発するのは必然だった。


「御堂筋さんだって。すごい名字だよね」「京都からきたんだと。モノホンの京美人だぜ」「物腰が柔らかいっていうか、優しい雰囲気だよね」「もしかして名家のお嬢様だったりすんのかな。すごい名字だし」「ありえる、純粋培養の天使って感じ」「でもどっか大人っぽいっつーか、たまに見せる色気ってやつ? つい最近まで中学生だったとか信じらんねえ」「それ分かるわー。不意打ちでお姉さまっぽくなるんだよね」「やばいわー御堂筋さんマジやばいわー」「お近付きになりてェ」「そろそろファンクラブとかできるんじゃない?」「とっくにできてんだろ」「デスヨネー」


ちなみにこれらの視線全てを受け止めながら、噂の本人は新入生代表の挨拶をしたからだと完璧にスルーしていた。弟が心配になるのも頷ける鈍感さである。

そんな御堂筋さんこと御堂筋帆は五月の生徒会選挙に半ば成り行きで参加、見事書記に当選してしまった。当選、してしまったのだ。これに驚いたのは本人のみで、それ以外の全校生徒や教師陣としては当たり前の結果として深く頷いていた。実質人気投票のようなものだ。将来の生徒会長及び副会長を選ぶ選挙なのだ。できるだけ壇上に上ってもらってその顔を拝む機会を増やしたいというのが一部のミーハー集団の総意である。

それに巻き込まれたと言って違いない帆の仕事の一つが、クラス委員会の書記。生徒会長副会長とと共に放課後の貴重な時間を潰しての参加だった。それはほかの面々にも言えることではあるが、それにしたって忙しい。前の人生で一度もしたことのなかった仕事の数々に正直滅入っていた。


「以上で、本日の議題は終了です。次回は再来週のこの時間になりますのでまた遅れないように集まってください」


議長こと三年の学年委員長の言葉で各々が席を立ち帰りの準備を始める。

帆も立ち上がって退室しようとした瞬間、サッと頭から血の気が引くような感覚が襲う。所謂立ち眩みというやつだ。一瞬自力で立つことが困難になり、体が重力に引っ張られるように後方へ傾く。あ、倒れる。思わず目をつむったその頭は柔らかい何かに受け止められ、床で強打することは免れた。


「だ、大丈夫ですか?」


堅い。でも弾力のあるそれが右頬にくっついている。それが誰かの胸、それも男性の筋肉だと気付いた時には口から率直な感想がこぼれ落ちていた。


「翔くんのより堅い……」
「あき……え?」


幸いその名前を認識したのは抱き止めた少年だけだった。


「御堂筋!?」
「大丈夫帆ちゃん?!」
「保健室行くか? 最近頑張りすぎだったもんな」
「い、いえ、大丈夫です。寮に帰ってすぐに寝ます」


会長副会長コンビに声をかけられ、既に自力で歩けるようになっていた帆は失敗したなと苦笑した。仕事量は鬼のようなのに心配しいな先輩二人を宥めつつ、抱きとめてくれた男子生徒に向き直って深々と頭を下げた。


「ごめん、ありがとう。助かりました」
「い、いや、そんな、いきなり頭を下げたらまた具合悪くなるよ」
「あ、そっか。うん、とにかくありがと」
「大したことじゃないよ、えっと、体調には気をつけてね」


同じ学年らしい少年の気遣いに何度か笑顔でお礼を言って、帆は早々に寮に帰宅することにした。本当はいつもの空き教室で三本ローラーの音を聞いたり自転車が走っている様子を見たりしたかったが流石に今日は危ないと本人も分かっている。会長副会長コンビの送ろうかという言葉を丁寧に断りつつ、帆は寮までの道をゆっくりと歩き始める。


「"あきらくん"って誰だろ」


そんな呟きを落とした泉田は、これからなんとも長い戦いを強いられることになるなんて露とも思わなかったのだった。

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