なでなで



「そりゃ、尽八と靖友が悪かったな」


新開が肩を揺らすたびに持っていた葉が揺れ、ウサ吉の視線が釣られて揺れる。それに気付かず笑い続ける彼に、帆は同じように笑った。


「いいえ、個性的でとても愉快な人たちでしたよ」


言う側によっては嫌味にも聞こえるそれが、そうは聞こえないのが彼女の強味の一つだ。言葉そのままの意味で彼女が本当にそう思っていることは明らかで、チームメイトが褒められて嬉しくない新開ではない。ひとしきり笑い尽くした彼は満足そうに頷いて、今度こそウサ吉が食べやすい位置に葉を持っていった。

帆が新開と会ったのは、東堂と荒北との奇妙な会話から一日経った放課後のこと。HRが終わり次第ウサ吉の様子見にやってきた彼女と同じく部活前の時間を利用してやってきた新開。ちょうど鉢合わせた二人がウサ吉の世話をしながら始めた世間話に昨日の出来事が出てきたのだ。

話を聞く限り、荒北が東堂に随分と遊ばれたらしい。普段は主に性格の不一致で喧嘩する二人だ。特に真面目な東堂は不真面目な荒北に注意して流されることが多い。恐らく東堂は普段聞く耳を持たない荒北を弄る口実ができて嬉しいのだろう。無意識にズレた受け答えをする帆の存在もプラスして、荒北の疲労度は倍だったに違いない。今日は荒れていないといいなあ、と。新開は他人事のようにありえないことを願った。


「そういえば、」
「ん?」
「新開さんにはファンクラブないんですか?」
「オレの?」


甘い垂れ目が予想外の切り返しに丸くなる。そして次の瞬間には目尻を下げて微笑んだ。面白いことを言うんだな、と。声に出さずとも思っていることが見て取れる色だった。


「まさか! オレにそんな人望はないさ。尽八や御堂筋さんくらいじゃないと」
「ええ? 私より新開さんの方がありそうですけど」
「それこそ、この前の選挙で当選したのは誰だったっけなあ、書記さん?」
「あ、そういえば」


あれってなんでだったんだろ?

心底不思議そうな顔で首をかしげる帆は、他人からの視線に鈍感すぎる。もしくは、慣れすぎていると言うべきか。慣れざるを得ない環境で育ってきたのだとしたら、その綺麗な顔も良いことばかりではない。"天然"の一言でまとめてはいけない難儀な性格である。その難解な思考回路のおかげで、新開は今この時分に穏やかな気持ちで自転車に関われている。それと同時に、新しくできた可愛い後輩のことについて懸念する時間も増えてしまった。


「もう少し人の視線を気にした方がいい。何かあってからじゃ大変なのは御堂筋さんだぜ」


彼女が今まで捻くれずにこのままで来れたのは運だけではないはず。家族か、友人か、近しい誰かに守られてきたことが大きいに違いない。けれど今、果たしてそんな人物が彼女の周りにいるだろうか。新しい環境。寮生活という閉鎖的な空間。そこに彼女を守る存在はいるのだろうか。そう考えると新開の内に何とも言えない感情が湧いてくる。

何故か、本当に何故か。新開の頭の中で自分とよく似た顔の、けれど新開以上に飄々として捉えどころのない弟が浮かんだ。

新開が帆と付き合っている。そういう噂を彼自身が耳にした時、どう頑張っても帆が恋人である姿が想像できなかった。その理由がたった今ようやく分かった。新開にとっての御堂筋帆とは、庇護すべき妹のようなものだったのだ。


「何かって、何ですか?」
「あ、そこは考えてなかったな」


新開の手が帆の頭に伸びる。優等生で通っているはずの彼女が、話しているとまるで抜けている妹を見ているようで。その頭を弟に接するようにかき回すと、すぐに帆の髪の毛は絡まってぐしゃぐしゃになった。けれど、それを気にした様子もなく彼女ははにかむ。照れているのか、少しだけ赤らんだ頬がいつもの大人しげな顔を可愛らしく彩っていた。


「ま、とりあえず注意しておいて損はないさ」
「うーん、じゃあ、気を付けます。とりあえず」


少しだけ考える様子を見せながらも、笑って素直に頷く帆。いつまでもそうして笑っていてほしい。言葉に出さないまま、新開は帆の頭をポンと叩いた。



「あれで付き合ってないってマジか……」
「うん……」


その光景を見ていた二人。新開を探してやってきた黒田と泉田は、仲睦まじい新開と帆の様子を見て静かに脱力した。

付き合っていると噂が嘘なことを知っていても、男女の仲を疑うレベルだ。付き合っていないのにこの距離という方がむしろ問題なのでは。何故か見ている側が恥ずかしくなり、二人はしばらくの間その場に立ち尽くしたのだった。
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