いいないいや



「勘違いすンなよ、オレはお前なんかなんとも思ってねーし、ましてやファンになんか死んでもなんねーからな!」
「落ち着け荒北。本人を前に緊張しているとはいえ、そんなひねくれたことを言うものではないぞ。もっと素直になれ」
「ンなわけねーだろバァカ! 元はと言えばお前のせいだボケナス! なんでオレがこんなヘラヘラした女のケツ追っかけなきゃなんねーんだよ!」
「コラ! 女子の前でケツなどと言ってはならん! 破廉恥なヤツめ!」
「そういう問題じゃねェ!!!」


という漫才にも似た言い争いを経て、東堂に文句を言うのは暖簾に腕押しと判断した荒北は疲れたようにその場にしゃがみこんだ。「うがあああムカつく!!!!」奇声をあげて頭をかき回すのも忘れない。ふざけ始めたら話を聞かない東堂はいつものこととはいえ、それに振り回される自分ほど滑稽なものはない。

そのまま動きそうもない荒北に自ら近づいていった人影が一つ。もちろん、件の帆その人である。突然やってきて突然喚きだした柄の悪い男に怖がりもせず、果敢にも話しかけるのが彼女の凄さかもしれない。傍目で観察していた東堂が一人でうんうん頷いている間にも二人のちぐはぐな交流が進んでいく。


「先輩とも昨日の委員会ぶりですね。こんにちは、一年の御堂筋帆といいます」
「知ってるゥ……」
「うーん……先輩のことは荒北先輩と呼んでいいですか? それとも荒北さん?」
「どーでもいい……」
「じゃあ荒北さんで。あ、今日はウサ吉くんに会いに来たんですか? 触ります?」
「触らねェ……」
「あれ? もしかしてウサギが嫌いとか? 珍しいですね」
「そういうことじゃねーよ……」


不機嫌さを隠しもしない顔でヤンキー座りをする元ヤンとうさぎを撫でながら天使のような微笑みを浮かべる優等生。もしこの場で何も知らない人間がいたらあまりにも不似合いな二人に驚くことだろう。しかしその場には彼らの他に東堂しかおらず、二人を引き合わせた張本人が口を挟むわけもない。ただ人懐っこく話題を振る帆と振られたそばからホームランでかっ飛ばし続ける荒北の様子を満足気に眺めるだけだった。

東堂は帆が飼育小屋にいることは前々から知っていた。ウサ吉の飼い主に当たる新開に急用か何かが出来た時は自転車競技部の有志が世話する手はずになっていたし、本人から世間話程度に彼女の存在は聞いていたからだ。だから東堂は彼女に初めて会った時、つまり昨日の昼休みの時点で既に初対面という心持ちではなかった。

そんな東堂がわざわざ荒北を引きずって来た理由。それは、帆にファンの扱いのなんたるかを教えるためである。知っての通り荒北は彼女のファンではないが、彼をファンに見立てて相手になってもらうことはできる。では何故その役目を荒北に任せたのか、という疑問に対しては彼の反応が面白そうだったから、と東堂はケロリと答えてしまうだろうが。

荒北は品行方正な人間ではないが、自分に嘘をつくような不誠実な人間ではない。それだけなら東堂でも自信を持って頷ける。彼は帆のことを"苦手"だと言ったが、"気に入らない"とは言わなかった。本当に嫌いな人間相手になら躊躇いなく斬り捨てただろうに。それをあんなにも言いづらそうな顔で苦く零した荒北が、東堂には珍しくて仕方ないのだ。そして得心した。


「ならんよ、御堂筋さん」


これはイジらなければ損だ、と。

結局のところ、巻き込まれたのは荒北も帆も同じなのかもしれない。


「はい?」
「せっかく君に会いに来たファンに対してそのような態度ではいかんな」
「え、でも荒北さんって、」


本当のファンじゃないですよね。という続きの言葉を言わせる気は東堂にはない。


「いいか、オレが言うことに続いて繰り返してみてくれ」


勿体ぶったようにうぉっほんと咳を一つ。


「"いつも応援ありがとう"」
「いつも応援ありがとうございます」
「オイ、なんでオレの方見んだヨ」
「だってこうでもしないと終わらない気がして」
「チッ」
「こらこら、次行くぞ」


あからさまな舌打ちもなんのその。東堂は両手を腰に添えた仁王立ちで帆の顔を見下ろす。自信満々やる気も満々なテノールがさも当たり前というふうに続きを発した。


「"これからも好きなだけこの美貌を褒め称えてくれたまえ"」
「びぼっ、」
「はあッ!?」


結果、荒北と帆が同時にむせた。


「む? 早く繰り返してくれ。"この美貌を好きなだけ褒めてくれたまえ"」
「ンだそのクソみてェな口上! 普段のてめーじゃねーか!」
「こ、この美貌を? 好きなだけ褒めてください?」
「お前も律儀に繰り返してんじゃねェ!!」
「いえ、早く終わらせるにはこれしか、」
「さっきと同じじゃねーか!!」
「うるさいぞ荒北! オレの指導を邪魔するんじゃない!」
「アア!?」


結局冒頭の漫才に戻ってしまった箱学自転車競技部の二人を、帆はウサ吉を抱え直しながら見学する。


「収拾がつかない……」


こうして荒北と東堂との二度目のコンタクトは訳も分からぬまま終わっていったのだった。
← back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -