佳人薄命と誰が言った



「噂の御堂筋さんに会ったぞ!!」


放課後自転車競技部の部室に訪れた東堂は、鞄も置かずに突然そのような事を宣った。無駄にキメた顔で両手を大げさに広げたポージング。その目線の先には既にサイクルジャージに着替え終えていた新開と福富がいて、『だから?』という目を向けている。


「へえ、そうかい」
「なんだなんだ反応が薄いぞ! お前と一時期噂になった美人と会ってきたというのに!」
「む、噂とはなんだ?」
「フクは知らんのか? 実は彼女は新開と、」
「その話はやめてくれよ。御堂筋さんに迷惑だろ」


珍しくムッとした顔で窘める新開。それに出鼻をくじかれる形になった東堂だが、自身の非を認めて確かにと頷いた。


「ふむ、それは失念していた。確かに嘘の噂を広められるのは不本意なことだろう。オレの配慮が足りなかった、すまんな新開」
「分かってくれたならいいんだ。御堂筋さんが困らなければオレはなんと言われようと構わないからな」
「ずいぶん含みのある言い方だな。しつこいようだが本当に彼女とはなんともないのかね?」
「ああ、オレは彼女をそういう目では見れないよ」
「そう、か」


と言葉では納得したものの内心では半信半疑なところが大きい。何せ新開は二年で件の帆は一年だ。教室も離れているし部活や委員会が一緒ということもない。そんな二人がこんな短期間で知り合いになって、新開がここまで気にかけるだろうか。確かに彼は優しく誠実な男だと東堂も疑ってはいないが、それを見知らぬ女生徒にまでばら撒くような男ではない。仮にもしそうしていたのなら箱根学園内で東堂のファンクラブを食い潰す勢いで新開のファンクラブが幅を利かせることになっただろう。

怪しい。少なくとも、新開は彼女を憎からず思っているのではないか。などという疑問が未だ晴れなかったとして、それをしつこく追求しないだけの配慮があるのが東堂という人間である。彼は意外と常識の面ではウザくない。


「で、御堂筋さんがどうしたって?」


と話題を戻した新開にそうだったと気を取り直して東堂は口を開いた。


「どうやら彼女は自分にファンがいることを知らなかったらしくてな!」
「あー、なるほど」
「んん? あまり驚かんな」
「いやあ、彼女はなんというか、ちょっと天然が入ってるからな」
「おお、それはオレも思っていたところだ!」


そう言いつつ、内心ではその限りではないことは自分でも分かっていた。天然。果たしてその一言で済ませられるような単純な人間だろうか。否。瞬時に否定の言葉が上がる己に東堂はなんとも奇妙な心持ちだった。

今日の昼休みに会ったばかりの彼女を思い出す。東堂の彼女への第一印象は非常に複雑なものだった。

男子生徒の告白に親身に接して会話している様子は好感を持てるはずなのに、一貫して微笑みを崩さない顔に違和感を覚える。笑みを浮かべる余裕があるほど慣れているのか、それにしては優越や困惑をしているようには見えない。一目見た時は素直に綺麗な子だと思った。それだけに残念な子だとも憂いた。何故だか彼女の顔には生きている人間の生気が感じられなかった。それが東堂の彼女に対する違和感を助長させたのかもしれない。

その印象が覆ったのが誤って彼女の前に姿を見せてしまってからである。ぼんやりとした不安が彼女との会話で溶けていく。話の内容からして、彼女は自身の顔の良さをそこまで重要視していないようだった。そこで東堂は納得した。彼女はちゃんと生きている。自分の顔のことに関して以外は。まるで幽霊のように透けて消え入りそうになってしまうそれは、多分、どうでもよかったのだ。色恋に発展させてしまう自分の顔も、それに寄ってくる人間の存在も。そういう顔をしているという事実を認識しているだけで興味も関心も抱いていないのかもしれない。

けれどそれじゃあ、帆を慕ってファンになった人たちが報われない。彼女の顔に寄ってきた人間と認識された時点で彼らは彼女の意識から完全に外れてしまうだろう。それはとても悲しいことだ。本鈴ギリギリの時間を慌ただしく人が捌けていく廊下のど真ん中でふと立ち止まる。東堂自身がファンクラブを持つ身だからこそ、彼女も彼女のファンクラブもどうにかしなければという謎の使命感に追われた瞬間だった。

グッと一人拳を握り締める東堂は、それを不思議そうに見やる福富と新開に気付かない。二人は東堂の言いたいことがイマイチ分からなかった。


「ア? 何やってんのお前ら」


と、微妙なタイミングで登場したのが運の悪いことだったのか。一番最後に遅れてやってきた荒北がロッカーの前にいる三人を見て怪訝そうに眉を顰めた。


「遅いぞ荒北! お前が最後だぞ!」
「ッセ! しょーがねえだろ、今日の委員会が生徒会の監査日だったんだからよ。そういうお前らは何の話してたんだァ?」
「ああ、一年の御堂筋さんのことについて少しな」
「げ」
「げ?」


怪訝そうな顔が嫌そうな顔にシフトチェンジする。その様子を間近で見ていた三人はどうかしたのかと荒北を見つめた。普段の態度からは覗けない歯切れの悪さ。それが心底珍しかった。そんな好奇が混じった視線を受けて、当の本人は反応するんじゃなかったと多大なる後悔する。誤魔化しても東堂や新開はしつこく聞いてきそうだった。その時間のもったいなさを考えれば自分から口を割ったほうがいい気がして、荒北は嫌々ながら、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で小さく零した。


「オレ、そいつ苦手」

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