拝啓母上様
「ごめんな帆ちゃん。母さんなあ、帆ちゃんが何に怯えてんのか、最期まで分からんかったん。ホンマはもっと頼って欲しかったんやけど、こんな弱い母さんやもんな、仕方ないわあ。けどな、母さんの代わりにな、翔には頼ってあげるんよ? たった二人の姉弟やもの。二人で頼って頼られて、守りあって生きてってな。幸せになってな」
私は帆ちゃんと翔を産んで幸せやったで。
それがまともに話した最期の会話だった。
帆を産み、弟を産み、一人で育てた強い人だった。病気に負けた、などと言えば弱い存在に聞こえてしまいそうだが、その病気に蝕まれながらも最期まで弱音を吐かずに二人の母で有り続けた。そんな気丈な女性をどうして弱い人だなどと言えるだろうか。涙も嗚咽も出ないまま、荒い呼吸音と周りを動き回る医者や看護師たちを見つめて、いくつもしないうちに、機械の耳障りな音が頭の中に響き渡った。
終わったんだと思った。それで、今までこの母という女性に甘えていた事実を思い知った。
母も、弟も。心のどこかで本当の家族じゃないという意識があった。どこか当たり障りのない対応しかできなかった。しようとも思えなかった。だから弟は姉の事を嫌ったし、母もどこか寂しげな風情だった。全部知ってて、見なかったことにしていた彼女の甘え。お母さん、私ちゃんと頼ってたんだよ。真っ白な手を握りながら、帆はじっと綺麗な笑みのその人を記憶に焼き付けた。
「お前が母ちゃんの代わりに死ねば良かったんや!!」
そうだね、その通りだね。
今までの彼女なら、そうやって笑って流していたはずだった。何故ならこの人生は彼女にとっては二回目で、本当は笑って泣くこともできない存在で、この少年にこんな存在はいないはずで。謂わばズルをしてここにいるようなものだ。弟の邪魔にしかならないような、そんな困った人間なのだ。
けれど、けれど。その考え自体が弟に対する甘えだと、気付いてからは行動が早かった。こんな小さな子に"死ね"だなんて言葉を使わせてしまった自分がとても許せなくて、帆は覚悟を決めるしかなかった。弟とちゃんと向き合う覚悟。将来の御堂筋翔の根幹を担うこの少年の姉として、ちゃんとこの生を生きる覚悟をしなければならなかったから。
「私はお母さんと同じくらい翔が大好きだよ」
それが三年前。彼女がちゃんと生きることを選んだ日。御堂筋帆として、あの御堂筋翔の姉になった瞬間で。
「ちょおっとどういうことか説明してもらおか」
それ以来、初めて弟が怖いと思ったまさに今日のこと。どうしましょうお母さん。帆は天国にいる母に今更ながら救いを求めた。
← back