オーラルフローラル



「高校生って、男の子と女の子が二人一緒にいるだけで恋愛に持ってっちゃうもんね」


それが帆の精一杯のフォローだった。何せ言われた本人が一番びっくりしているのだ。咄嗟のフォローが普通の現役高校生が言わないようなことだったとしても仕方ない。仕方ないということにする。

一方フォローされた泉田といえばその違和感すら気付かないほど恥ずかしさや申し訳なさに押し潰され頭を抱えていた。というかしゃがみこんでいた。客観的に見れば噂に踊らされて預かり知らない本人に怒鳴り込みに来た変な奴だ。泉田の元来の性格も相まって威力十分クリティカルヒットである。立ち直るには時間が必要だったが、迷惑をかけられたのは相手の方なのだから余計に迷惑の上塗りだろう。そう自分を必死に叱咤しながら、直視できないままに泉田は姿勢を正した。


「えっと、新開さんとはウサギの世話を一緒にしていて、多分それを勘違いされちゃったんだと思う。一応二人きりじゃなくて福富さんも一緒だったはずなんだけどね」
「そうだったんだ……さっきは怒鳴ってしまってごめん」
「謝らなくてもいいよ、泉田くんは勘違いしただけだし」
「そうは言っても……」


明らかに悪いのは泉田の方だ。けれど帆は責めるような態度は一切見せない。そのまるで聖人のような返しが逆に居心地の悪さを与える。どうして彼女はこうも綺麗なままなのだろう。完璧を体現するような人間なのだろう。そんな純粋な疑問が口をついて出た。


「御堂筋さんは、怒らないんだね」
「うん?」


自重的な顔になってしまったのはついさっき気を荒らげた人間が言う言葉ではないと自分で分かっていたから。口角が上がったのは帆がまた首を傾げて不思議な顔をしたから。その顔はこの短時間で親しみを持ってしまうほど見慣れたものだ。


「普通、あんまり知らない人にこんな理不尽に怒鳴られたら腹が立つだろう?」
「なるほどねえ」


傾けていた首を元に戻して、今度は逆の方向にまた傾ける。その仕草は先ほどの大人のような余裕ある返答とは対照的に純真で幼い印象を作り上げていた。天井を見上げて瞬き三回。首が今度はちゃんと正しい位置に戻り、小さく納得した風に二回頷いてからポロリと簡単にその言葉を紡ぎ出した。


「泉田くんだからかなあ」
「えっ」


当然、泉田は面食らった。けれど帆の唇は止まることなく動き続ける。


「泉田くん、新開さんのこと大好きでしょ? 高校生の内にそんな風に心から尊敬できる先輩がいて、その人のためにこうやって行動できるってすごいことだと思うよ」


泉田くんはすごいなあ。

思わず零した最後の一言が駄目押しだった。

泉田は、真面目な性格だ。今日のような暴走は例外として、基本的に人に迷惑をかけないように育ってきた思慮深い少年だった。そう、それはひっくり返してみれば他人に遠慮して生きてきたということ。人に与える印象が薄いということを意味する。確かに教師や親、大人たちからの心象は大変良かったろう。だが、クラスメイトとしてはどうか。委員長を引き受けることが多いために顔や名前は覚えられていただろうが、それだけだ。スポーツは自転車以外パッとしないし、勉強もそこそこ。そんな泉田が目立つ機会などそうそうない。だから年の近い、しかも女の子に、面と向かって本気で褒められたことなどこの短い人生の中で未だかつてなかった。

つまり何が言いたいのかというと、泉田は帆からさっきとはまた違った意味のクリティカルヒットを真っ正面からいただいたのである。


「あ、あり、ありがとう……」


泉田は照れた。

めちゃくちゃ照れた。

坊主に近い短髪から丸見えの耳を赤く染め上げ、震える喉を抑えることができなかった。持っていたカバンを床に落としそうな勢いだ。なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい。けれどそれ以上に体の芯から震える何かが泉田に訴えかける。それを聞き取りたくて集中しようとしても煩い鼓動で気が散って頭が言うことを聞かない。

あれ、何で僕はここに立っているんだっけ。

とうとう記憶障害が起こりかけたあたりで、帆の声がその意識を掬い出した。


「あ、そろそろ部活が始まるみたいだよ」
「え!」


窓の外、すぐ眼下にある自転車競技部の部室前には結構な人数の部員が整列していた。それを駆け寄って確認した泉田は、先ほどの混乱がなかったかのように顔を青くし、元いた扉に手をかけた。


「教えてくれてありがとう御堂筋さん! 今日は勉強の邪魔をして本当にごめん!」
「うん、部活頑張ってね!」


脱兎の如く走り出した泉田の背後で手を振る帆。それに振り返る暇もなく走り出した彼の心中はヤバいという焦りと同じくらい助かったという気持ちで満たされていた。あのままあそこに立っていたらどうなっていただろう。そう考えただけで頭が爆発しそうだった。部活頑張ってね。その言葉すらまだ耳の奥に残っているというのに。


「あ、塔一郎! お前遅刻だぞ!」
「ユキ!」


走ってすぐに着いた部室前。同級生に混じって数人の教育係の先輩がこちらを睨んでいる。けれど泉田は自分でも気付かない内に混乱を残していたらしい。先ほどの異常事態と未だ震えたままの喉が黒田の顔を見て安心したせいで変な誤作動を引き起こした。


「新開さん、彼女いなかったよ!!!」


その日の泉田は、先輩方からのお説教にプラスして同級生から質問攻めに会う責め苦を受けたのだった。
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