エイプリルフール

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どうぶつになる のろいを うけた!
石榴さん(猫?)


直哉は非現実的すぎる光景に一度襖を閉めた。どこぞの呪詛師か役立たずの兄たちか、五条家の嫌がらせかと心当たりを思い浮かべ、もう一度襖を開く。

「……」
「……」
「(ペロペロペロ)」
「クゥン」
「…………ギャウ」

ライオンだ。
鬣がない雌のライオンが両側から玉犬に舐められている。
ここにいるはずの女の姿はなく、代わりにいるのはぺしょぺしょに落ち込む情けない獣。めちゃくちゃ構いまくってる犬たち。見知った残穢二種。行き着いた答えとは別にもう一つ。直哉が堪えきれなかったのは、

「いや自分犬ちゃうんかい」

渾身のツッコミにライオン改石榴が「ガウ?」と首を傾げた。

「石榴ちゃんはアホやねえ」
「!? ガウガウ!!」

名前を呼んでやると、『どうして分かったんですか!?』と言わんばかりに耳が立ち、必死の形相で直哉の元に駆け寄ってくる。肉食獣のソレは些か凶暴だったが、足元でお行儀良くおすわりをする様は正しく犬っころである。やっぱり間違えとるやろ。
写真やテレビで見たことはあっても生きたライオンは初である。動物園すら行ったことがない禪院クオリティの申し子。普通の人間はまずこんな至近距離で見ることはない獣をジッと眺め、おもむろに手を出した。

「お手」
「??」
「石榴ちゃん、元に戻りたないんか? 俺やったらどうにかできるんやけど」
「!! ギャウギャウッ」
「元気やね。素直でええわ。でもな、お願いするなら相応の態度っちゅうもんがあるやろ?」

本当はとっくに目星がついていた。予定よりかなり早く帰宅した直哉とすれ違う際、僅かに挙動不審な態度を取った分家筋の男。確か歳が釣り合う娘がいたな、と思い至ればすぐだ。
人を動物に変える術式など聞いたことがない。つまりこれは呪具による一時的な呪いで、何をせずとも時間が経てば元に戻る代物。直哉に縋る意味はないのに、石榴は恐々と大きな肉球を手の上に乗っけた。想像より固くて、人間の手の方がええなと、ガッカリした。

「伏せ」
「ガウ」
「ええ子ええ子」

調教師になったつもりで頭を撫でてやる。すると石榴も撫でやすいように耳をペタンと倒すものだから、余計に愉快な気持ちになった。この女は本当に尊厳というものがない。自尊心がなく、どんなに下に見られても重宝された分だけ流される。アホやなあ。再認識しながらも、芸はヒートアップしていった。
「お手」に始まり「伏せ」「顎乗せ」「スピン」最後に「ゴロン」腹を見せて畳に寝転がった石榴。喉を鳴らして直哉の手を受け入れる獣は正しく飼い慣らされたペットだ。気付けば胡座をかいた膝に頭を乗っけて夢中で撫で回していた。馬鹿な子ほど可愛い、という概念と初めて対面した直哉である。

「こないなえらい牙があるのになぁ」

黒い唇をペラリとめくれば、子供の小指くらいの牙が見えた。噛まれればひとたまりもない肉食獣の凶器は、これに限ってただの飾りだ。僅かに呻く石榴に「コラ」と叱咤しつつ、好き勝手に唇を弄っていた直哉。
──次の瞬間、膝に乗っていた重さが軽くなった。
ハッとする暇もなかった。
小麦色の毛皮が黒い猫っ毛に変わり、袴の上に広がっている。喉を鳴らしていた首はほっそり白く、こちらを見る目は潤んでいて、無遠慮にめくった唇は真っ赤に色付いていた。あの立派な牙は今や心許ない犬歯になって直哉の指を柔く噛んでいる。

「なおや、さまぁ……」

上手く閉じれないから、唇の端からヨダレがてろんと垂れ、幼子のように輪郭の淡い発音で直哉の名を呼ぶ。羞恥と興奮の境目のような上気した頬が軽く持ち上がって、

「たすけて、なおやさま」

元に戻ったのにも気付かず、直哉に一心に手を伸ばしている。一途すぎて妄信に片足を突っ込んだ女に、

「いつまで寝るん。早よ退け」
「……ぇ、えええ!? すいまっ、ええ!?」
「やかまし」

直哉の膝から転げるように距離を取る石榴。ライオンのように気の強い顔を半泣きで真っ赤にして、土下座せんばかりに「すいませ、ありがとうございました、すいません!」と頭を下げる。

「次は助けへんから」
「はい!お手数おかけしました!すいません!」
「おう」

むっすりした顔でドスドスと部屋を後にする直哉。何度か角を曲がり、人がいないことを十二分に確認してから、呻き声をあげながら廊下の隅でしゃがみ込んだ。

「あらアカン……」

ちょっと変な扉を開きかけた直哉だった。


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