追記

→ブクロ(似非萌えっ子口調)

「じろ〜お兄ちゃ〜ん」


は? という顔をしたのは何も二郎さんだけじゃなかった。私も同じような顔をしてる自信がある。あれ、今のどこから聞こえたんだろ? 妙に甘ったるいというか、鼻にかかっている声には聞き覚えがあった。


「じろ〜お兄ちゃん?」
「な、は?」
「どぉしたのぉ? わたし、何か変かなぁ? 今日はね、じろ〜お兄ちゃんのお洋服に合わせて青いワンピースにしたんだぁ! どぉ?」
「あ、お、おう、似合ってる」
「やった〜嬉しいにゃん」
「にゃん!?」


にゃんだって?! じゃなくて、なんだって?!

途中でやっと気付いた。私、なんか口調が変だ。声だけご機嫌な女の子みたいで、でも顔には情けない気持ちがそのまま出てしまう。


「ねぇねぇ今日のデートはどこ行くのぉ? 私ね、じろ〜お兄ちゃんと一緒ならどこだってハッピーだよぉ!」
「」


助けて、だれか助けて! ついに絶句してしまった二郎さん。私もこのまま気絶して夢にしてしまいたい。

現実は非情だ。


「こりゃマイクのせいだな」


とは一郎さんの見解だ。


「ひでぇ悪戯だな。大方違法カスタマイズされたマイクの性能テストを兼ねた愉快犯の仕業だろ。アンタもこれに懲りたら落ちてるマイク拾うなんて不用心なことは控えてくださいよ」
「分かったにゃん、いちろ〜お兄ちゃん!」
「くっ」


「悔しいが、今なら左馬刻のシスコンを理解できるかもしれない」突然ブツブツ言い出した一郎さんは、恐らく年上女性の痛々しい言動についてこれていないのだろう。にゃーにゃー言う口とは裏腹に年甲斐もなく目が潤んだ。


「でも、ま、僕は安心しましたよ」
「あ? 何だって三郎」
「だって。僕はてっきり、お姉さんが二郎と付き合ってるせいでとうとう頭がおかしくなったのかと心配してたんです」
「あ"あ"!?」


あ、また始まった。ガタガタッと立ち上がった二人は一郎さんの前にも関わらず鼻先がくっつきそうなほど顔を近付けてメンチを切っている。いつものこと、だけれど、今回のは私が口論のキッカケを作ってしまったわけで


「おいお前ら、喧嘩は、」
「やめるにゃん!」


二人の間に割って入る。


「さぶろ〜お兄ちゃん、じろ〜お兄ちゃん、悪いのは私のせいだから、私のために争わないで!」


何言ってんだコイツ。


「何言ってんだコイツ」


三郎くんと内心がシンクロしてしまった。


「みんな仲良くしてくれなきゃヤダ! 私のことで喧嘩するなら、じろ〜お兄ちゃんとさぶろ〜お兄ちゃんが仲良くできないなら私帰る!」


ていうか三郎くんのこともお兄ちゃん呼びなのは流石にツラ……。我ながら言いたいことが全く分からないなりにとりあえず止まったらしい口論にホッとする。「あっ、」


「この口調、今期イチオシアニメの猫耳妹メイドっ娘メウメウちゃんじゃねーか?」
「ほ、ほんとだ! よく気付いたね兄ちゃん!」
「円盤擦り切れるほど見たからなぁ。メウメウちゃんは年下だろうがお兄ちゃん呼びだし、再現率が高いっすね」
「え? あ、ありがとうございます?」
「つーことで、もう一回、俺のことお兄ちゃんって呼んでくれません?」


その後、マイクの効果が切れるまで一郎さんと二郎さんのことをお兄ちゃん呼びし続け、三郎くんにバッチリ見られましたとさ。気絶したい……。



→ハマ(口頭サトラレ)

『ひっ、ひっ、ふぅ、ぅぐ、はぁ、ハッ、ひぁっ!? ぁ、むりぃ、くるしっ、ぁ、ぶすじ、まさ、待って、まっ、もっ、ぅあ、はっ、ひぅ、たす、たすけて、あお、ひつぎ、さんっ、ぁ! は、ぇ? どこ、電話して……ぁ! いやぁ、じゅ、とさ、だめぇ、じゅとさん、よんじゃ、だめぇ、はっ、ぁあ!』

「てめーらッこの忙しい時期に人の女取っ捕まえて何してんだァ!?……は?」
「おお、やっと来やがったか」
「む。遅かったじゃないか銃兎」
「なん、何ですかこの状況」
「何とは、筋トレだが?」
「ハッ、ハッ、ふぎゃ!」
「こらこら、まだ終わりじゃないぞ」
「しゅいませっ、もっ、むりぃ、」
「基礎がなっていないな。この件とは別に筋トレメニューを考えておこう」
「り、理鶯? 左馬刻、何だコレは。説明しろ」
「説明っつったってな。そこの女の無用心のせいだろ」
「無用心? はぁ?」
「小官が説明しよう。実はここに来る少し前……」

「例の違法マイクか……頭が痛い」
「知っているのか?」
「最近私が忙しかった諸悪の根源ですよ」
「だから優しい俺様が直々に電話してやったんだろーが」
「だからってお前、アレはないだろ! だいたい何故彼女が筋トレさせられてるんだ! こんな、ボロボロになるまで……」
「それは、」
「もういやぁ」

「今日だけは銃兎さんに会いたくなかったのに、こんなとこ、幻滅される、無理です、無理みが深すぎます。あ、ちが、ダメダメ! 銃兎さん聞いちゃダメです! 耳塞いで! 羞恥プレイは専門外です余所でやっ……やっぱやらないで私以外とやっちゃダメうわぁあ」
「だそうだぜ」
「全く分からん」

「件の無差別テロはマイクによって効果がランダムだと報告があった。そして彼女が拾ったマイクは思っていることが勝手に声に出てしまう効果があった、と。それで何故筋トレになるんだ?」
「思いのほか考え事が多い人間だったらしい。あまりに休みなく喉を酷使するので水分補給もままならなくてな」
「この女がぴーぴーうるせぇからよ。とりあえず何も考えられなくしてやろうと頭に酸素回らなくなるまで体を動かしてやったんだ」
「メニューは小官が考えた。まさかここまで体力がないとは思わなかったが」
「軍人さん基準はちょっと無理がありますって」「これでも手心を加えたつもりだ」
「うそぉ」

「こんな足腰立たなくなること、人生でそうそうないですよ。うわあ、立ち上がれない。立ち上がって私の筋肉。あっむりぃ、悲鳴が聞こえる。声なき声ってやつだ。……あぁもうだから黙って! ひとりごと! 良くない!」
「落ち着いてください。大丈夫ですか、立てますか?」
「銃兎さん……」

「銃兎さん、優しい……」
「はい、私はいつでも優しいですよ」
「こんな汗も涙もひとりごとも垂れ流してる小娘相手に引かずに手を差し伸べてくれて、銃兎さんはなんて素敵な人なんだろう。ただでさえ甘ったれた精神がもうズブズブです。私銃兎さん無しじゃ生きられなくなっちゃう……あっ」
「ほう?」
「ちがっくないけど、ひぇっ、綺麗なお顔がワイルドなお顔に! やだカッコいい惚れ直す。恥ずかしい、お顔直視できない。あっ、銃兎さんに肩抱かれてるだけでドキドキする。私今とっても汗臭いのに離れがたい……すきぃ……うぁああごめんなさいごめんなさい変態臭くてごめんなさ」
「……では、一度私の家に移動しましょう。運動した汗も流したいでしょうし、シャワーをお貸ししましょう。その後で、たっぷり、お話ししましょうね。大丈夫、喉は酷使するかもしれませんが何も考えられなくしてあげますから。これで解決ですね。左馬刻、理鶯、そういうことなので失礼します」
「ごめんなさいごめんなさいごめ、」バタンッ

「人の事務所で盛ってんじゃねーよウサギちゃんが」
「そういえばウサギは人間と同じく年中発情期だったな」
「うぇ、気持ち悪ぃもん見せられたぜ」
「パートナーとの仲が良好なのは良いことだ」
「ケッ」

「ごめんなさいごめんなさい」
「何故謝るんです? 私は嬉しいですよ? あなたの素直な気持ちが聞けて」
「銃兎さんが私を殺しにかかってる。ええ声で心臓止めにきてる。ひぃ耳が幸せ」
「私も幸せですよ」
「すきぃ……」
「はい、好きです」
「死んじゃう……」
「一緒に生きましょうね」
「はひぃ」



→シブヤ(嘘つき)

「先輩のそういうとこ、嫌いです」


空気が凍った。目の前には緑の目を見開いて固まっている夢野先輩。彼を見上げたまま勝手に動いた口。さっき言った内容を頭の中でゆっくり反芻してみる。きらい、キライ、嫌い?! 音にしてやっと理解できた私より先に先輩が復活した。


「そういうとこ、とは? 僕は貴女がここに来るまで、いつも通り人間観察をしていたと報告しただけですが。何か気に障ることでも?」


そう、私はたった今デートの待ち合わせ場所に着いて、先にいた先輩に待たせてしまったことを謝罪した。すると先輩は私に気を使ってか趣味で時間を潰していたことを教えてくれたんだ。 突き放した敬語や澄ました顔をしてるけれど、先輩なりに気に病むなと言っているのだと思う。そういう優しさが好きだと伝えたかったのに。訂正しようと口を開くと、


「ええ、まあ。とても不愉快ですね。他人をジロジロと観察して妄想するなんて変態の所業です。今後は控えてみてはいかがですか?」


はあ!?


「……へぇ、貴女、本当は小生のことをそのように思っていたんですね。全く知りませんでした」
「本心からの言葉ですもの。簡単に言えるわけがありません」
「それはそれは。ではいったいどういう風の吹き回しで告白したんです?」
「決まっています。先輩のことが心底嫌になったからですよ」
「なるほど?」


何これなにこれナニコレ。


「そこまで嫌われているとは露知らず。小生はとても傷付きました。──もう、終わりだな」


口は開かなかった。開く前に口を手で覆った。思ってることと逆のことが出て行く。それも冷たい声音で、本心から先輩のことが嫌いなのだと言わんばかりに。それが、それが私にはとても、


「っ」


喉が引き攣った。何かを言おうとして、言わないように飲み込んで、出せなかった声の代わりに目から涙が滲んでくる。こんなことで嫌われて、もうお別れ、なんて……


「ハァ、まったく。泣くくらいなら何故そんな嘘をついたんですか」


トン。先輩の手が私の頭に乗っかった。

涙目のまま上目で相手を見やると、呆れを含んだ、それでも少しだけ覇気のない表情で目を伏せている。


「嫌いだなんて、酷い人だ。今日はエイプリルフールである前に、俺の誕生日なのに」


“恋人に罵られる誕生日なんて迎えたくなかった。”

暗にそう言われて、滲む程度だった涙腺が完全に崩壊した。


「え? 幻太郎知らないの? それ今流行ってる悪戯マイクのせいでしょ」
「は?」
「ここら一帯に変なマイクがたーくさん転がっててさ、エイプリルフールらしく思ってるのと反対のことを勝手にお喋りしちゃうんだって! それのせいでぇ、何組かのカップルがお別れしたらしいよぉ! カワイソー!」

「なーに青くなってんだよ幻太郎。お前ンとこは別に被害ないだろ? 何せお前、嘘を見破るのが得意だからな!」
「いえ、それは帝統の嘘が分かりやすいだけで……まずい」
「なになにどぉしたの? 僕気になるなぁ!」
「うぇ、マジで破局したのか!?」
「してません縁起でもないこと言うな。──乱数」
「なぁに?」
「これは小生からのお願いなのですが、その……泣かせてしまった女性の慰め方について、ご教授賜りたく」
「えぇー!! 幻太郎お姉さんのこと泣かせたのー!? ひどひー! お姉さんカワイソー!!」
「マジかよやっぱ破局か?!」
「違うと言ってるでしょう金返せ」
「ひっ」


「あの時は本気で嘘をついてるものだと……らしくないことを、よりによってあの日にするのかと気が立ってしまい、あなたに辛く当たってしまった。本当にすみませんでした」


後日、何故か傷付けられた側であるはずの先輩から謝罪と乱数さんブランドの鞄をいただき、私はさらに困惑した。



→シンジュク(男性恐怖症)

「これは、どういう状況だい」
「それが、僕にもよく分からず」
「それに、どうして独歩くんも泣いているのかな」
「それは、まあ、」


男の人の話し声がする。いや、神宮寺さんと独歩さんなことは分かる。分かっているのに体が震えて仕方ない。ついでに遠くから啜り泣く誰かの……一二三さんの声にも。

どうしてこうなったんだっけ。確か、そうだ、待ち合わせ場所で独歩さんと顔を合わせてから妙に気分が悪くて、心配した独歩さんの家が近くにあったから休憩しようと引っ張ってくれたんだ。彼らしい気遣い屋な一面にほのぼのしたい気持ちと、引っ張られている腕にびっしり立った鳥肌がちぐはぐで、よく分からないまま独歩さんの家に着いたら、たまたま忘れ物を取りに来ていたらしい一二三さんと鉢合わせて、一二三さんが悲鳴を上げた。釣られて私も喉から有らん限りの悲鳴を上げてしまったんだ。


「最初は具合が悪いだけかと思ったんですが、彼女、ここに来てから急に悪化して……お、俺の手を振り払って床に蹲ってしまったんです」
「なるほど。一二三くんがスーツに着替えていないのは?」
「彼女が蹲ってるのが一二三の部屋の前で、一二三は近付けないし、俺が近付くと彼女、ひ、悲鳴をあげて! やっぱり俺みたいな中年が彼氏ヅラして隣に立つのが耐えられなかったんだ……今まで我慢していたのが今日になって限界を……そうか、俺は彼女に嫌われていたんだ。俺は、嫌われて……俺は俺は俺は俺は俺は」
「独歩くん、今は落ち込んでいる場合じゃないよ。一二三くんにはとりあえず君のスーツを貸してあげたらどうかな」
「はっ、はいぃ!」
「さて」


スリッパの音が近付いてくる。

誰のか、なんて神宮寺さんしかいない。お医者さんだ、助かった。ホッと撫で下ろしたい肩とは裏腹に手足が震えて爪の色が真っ青になっていた。


「失礼しますよ」


──キュィイン。



「ああ、そのマイクの話なら知っているよ。今日は何人か急患で診たからね」


土下座する勢いで謝罪と感謝をした私に対し、お三方はやっぱり優しく、なんならソファを勧められて紅茶まで出された。チビチビ飲んでいる面々は神宮寺さんを除いて泣き腫らした顔をしている。カオスだ。


「効果は各々違うということだったけど、君のは差し詰め、異性への生理的恐怖を植え付ける効果かな」
「なるほど。子猫ちゃんはスーツを脱いだ僕と同じ状態だったわけですね。それは、怖かったでしょう」
「と、いうことは。俺は彼女に嫌われてなかったってことか。よ、良かったぁ……」
「え? 独歩さん、まだその不安なおってなかったんですか!?」
「はひっ!?」


驚きのあまり紅茶をこぼしかけた。独歩さんはちょっとこぼしてた。悪いなという気持ちがほんのちょっと湧いたけれど、今はさっきのことについて言及しなければいけない。


「私の努力が足りないってことですよね」
「は」


この自信がない年上男性と付き合うにあたり、私は自分の主張のなさを克服する必要があった。じゃないと際限なく落ち込んで、勝手に別れ話になりそうなことが何度もあったから。恥も外聞も捨てて私は独歩さんに愛情表現を多用するようになった。


「独歩さん素敵! 疲れてる大人の色気! 最高!」


こんな風に。

途端に瞠目して固まる独歩さん。次に(また始まった!)と言わんばかりの引き攣った顔を両腕でガードした。日光に当たった吸血鬼のような逃れ方だ。


「気遣い屋さん! ずっと一緒にいたい! 好物を見たニヤケ顔が可愛い! 毎朝焼きジャケ焼きたい!」
「うぁっ、ひぃ、や、ヤメロォ…!」

「好き好き好き好き」
「ぁ、ぁ、」
「独歩さんだーいすき!」
「ぉ……ぉれ、も」


勝った。小さくガッツポーズをした私は、ここがどこで周りに誰がいるのかを忘れていたのだった。


「お邪魔みたいだし、私は帰りますね」
「僕もそろそろ店に行かないと。二人とも、末永くお幸せに!」
「「あっ」」



ここまでお付き合いありがとうございました!



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