※特殊設定


岩ちゃんの記憶は一日しか持たない。簡単に言うと、夜寝てしまえば次の日の朝には前日の記憶はないということ。
彼は二年前…大学一年生の秋に交通事故に遭い、命に別状はなかったけれど代わり…と言ったら変だが、物事を記憶する能力がなくなってしまった。ただ、それ以前の記憶については消えることなく、岩ちゃんの中にしっかりと残っている。
高校の時から俺と岩ちゃんは"幼なじみ"や"相棒"といった関係を越えた。云わば、"恋人"ってやつ。大学生になってから同棲しているけど、岩ちゃんはそのこともしっかりと覚えている。

ある時から岩ちゃんは日記を付けるようになった。本当に小さなこともしっかりと書き込んだ。読んではだめだと言われたことはないから読んでみたけど、本当に細かいことまで…こんなの書かなくてもいいじゃないかって思うことまで書き綴られていた。例えば「及川がミートソースを白いポロシャツに飛ばしたから俺が洗う破目になった」とか、「今日は及川より早起きだった」とか。俺にはどうでもいいことだけど、岩ちゃんには大事なことらしい。


「岩ちゃん、今日はどっか行こうよ」
「んー。もともとそのつもり」
「日記にそうやって書いてあったの?」
「今日は俺が行きたいとこ行く」
「…?」

岩ちゃんが出掛ける気満々なのは少し珍しい。普段岩ちゃんは俺が誘わない限り、どこかへ出掛けることはあまりない。俺が学校に通っている平日の昼間も家の掃除とか、ご飯を作ったりとか、パソコンをいじったりとか、やることは限られている。

「最近日記見せてくれないね」
「秘密がいっぱいなんだよ、アホ」
「アホって酷いよ!?」

そう。ここ最近岩ちゃんは日記を見せてくれない。別に無理に見たい訳じゃないし、ダメと言われるからには理由がちゃんとあるはずだから。
もし勝手に見たりしてそれが岩ちゃんにバレてしまったら、岩ちゃんに嫌われてしまうかもしれないし。岩ちゃんが好きなようにして、楽しんでくれれば俺はそれでいい。

「行くぞ」
「え、もう?てか、どこ行くの?財布とか欲しいよね?」
「電車乗るからな」
「初耳ですけど!」

岩ちゃんは俺の手を引いた。懐かしい。小さい頃は岩ちゃんに手を引かれて色んなところへ行ったっけ。一人で嬉しくなっていると、岩ちゃんに「キモい」と唾を吐かれてしまった。汚いよ岩ちゃん!



パーンパーンパーン!
扉を開けたとたん次々に音が鳴った。火薬の匂いに、クラッカーかなと気づく。クラッカーを鳴らしたのはあの懐かしのメンバー。

「はは、及川どうした〜?すっげえアホくせぇ顔」
「あれがイケメンなんて信じられねえべ」
「も、もう!マッキーもまっつんも久しぶりだっていうのに酷いな!」

マッキーやまっつんの後ろには国見ちゃんや金田一たちがいた。

「…岩泉さんが来てくれって言うんで来ただけです」
「く、国見〜そんなこと言うなよ…」
「国見ちゃんってば可愛いげがホンットにないんだから!」
「わー大好きな及川さんのために呼ばれて嬉しー」
「めっちゃ棒読み!」

後ろに立っている岩ちゃんのことを思い出して振り返ると、岩ちゃんはニカッと歯を見せて笑った。事故に遭ってからこんな絵柄をした岩ちゃんは見たことがなかった。

「岩泉が一ヶ月前から連絡くれてさ。来ないわけにいかないデショ」
「いっ、一ヶ月前!?」
「そうそう。及川なんかの為に一ヶ月色々やってくれたんだべ?」

感謝しろよなぁ!とまっつんとマッキーに背中を思い切り叩かれる。そりゃ感謝するよ。むしろ感謝なんて言葉じゃ足りないよ。

「…岩ちゃん」
「なんだよ」
「ありがとう。俺のためにこーんな素敵な誕生日パーティーを開いてくれて」
「……いつも、世話になりっぱなしだからな」
「そんなこと気にしなくて良いのに」

懐かしのメンバーとお酒を飲んだりご飯を食べたり。みんな忙しくてなかなかスケジュールが合わないから今まであの時のメンバー全員で集まることはなかった。それを岩ちゃんが俺のために、計画してくれていたなんて。

「ありがとう」
「…何度もうっせえな、キモい」
「それは酷い!」




帰宅してから、岩ちゃんはまた日記帳を見せてくれた。相変わらずびっしり書き込まれてる。昨日までの一ヶ月分の日記にはマーカーがたくさん入っていたり、付箋が付いていたりした。

「ああ、もう…!」

隣に座っていた岩ちゃんの腕を引っ張ってきつく抱き締めた。愛おしい。

「っ、お、及川…?」
「…好き」
「ん」
「岩ちゃん大好き。愛してる」
「…ベタすぎ」
「そこは"俺も"でしょう!?」
「じゃあ、俺も」
「じゃあ、って何!」
「注文多い奴だな。…徹」
「………え、」
「誕生日、おめでとう。…、愛し、てる」
「岩ちゃぁぁぁぁん!」
「重っ」

岩ちゃん大好き。いつもありがとう。これからもよろしくね。





及川さん Happy Birthday!
2015.07.20



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