※シェフ及川とサラリーマン岩泉


サプライズというものはする側もされる側も嬉しいもの。今日は店の仕事をしながらも、空いた少しの時間を使って店のメニューと全く関係ないものを作っていた。大事なお客様のために。

世間ではイケメンシェフと騒がれている俺だが、何よりも一人の青年が好きだった。新しいメニューを考えるときよりも、有名な大女優よりも、唯一自分が休める仕事後の夜よりも、普通の、たった一人の青年が。
彼は地元の有名企業のサラリーマンなのだが、まだまだ入社したばかりで忙しい中、毎週金曜日の夜にやってくる。その日が俺は楽しみで毎週仕事を頑張れるのだ。


「来週は水曜日に来てくれない?」

先週の金曜日、彼が帰る際俺が言った。彼はきょとん、として「何かあんのか」とぶっきらぼうに尋ねてきた。ちょっとね、とお茶を濁すと少しの間黙っていた彼だったが、うん、と頷いてくれた。
彼は自分のことよりも他人のことを優先するタイプで、人間誰でも自己中心的に考えたくなるのにそうはしない。いつも帰り際に「ちゃんと寝てんのか。無理するんじゃねえぞ」と言って一枚多くお札を置いていく。最初こそ断っていたが、彼の優しさに負け受け取ることにした代わり、彼に出す料理を他のお客様よりも少々豪華にしてある。もちろん、彼にも周りのお客様にも気づかれない程度に。


今日は早めに店を閉める。「本日貸し切り」というボードを店の前に出して、俺は広いキッチンに引き籠る。下ごしらえは完璧。彼が来る頃には濃厚なワインが呑めるように、ワインを手元に準備しておく。普段彼が座る席には、いつもと違った華やかな飾りつけをしていると、カランと店のベルが鳴る。

「貸し切りってなってたけど、いいのか?」
「うん。今日はこういう日なの。さ、岩ちゃん。座って」

上質のテーブルクロスが掛けられた席へと彼を案内し、座らせる。彼は戸惑いながらも笑ってくれた。

「今日はなんか、特別なんだな」
「そうだよ。岩ちゃんのためだもん」

きゅぽん、とボトルを開ければワインの香りが鼻をくすぐった。ワイングラスへ程よい量を注ぎ、ボトルは氷水の中へ。
彼は一口ワインを味わうと柔らかい笑顔を見せた。俺もつられて笑ったが、料理を出さなければならないので急いでキッチンへ向かう。

今日は暑い日だからと張り切って冷たいスープを作ったが、正解だったようだ。器ももちろん涼しげなものを選び、冷やしておいた。彼は「流石だな、シェフ」とからかうように笑った。俺はそれが嬉しくて「当たり前でしょう、プロだもの!」と自信たっぷりに返した。

彼は特別なコース料理を気に入ってくれたようだった。味付けも彼の好みにしようと試行錯誤した甲斐があったようだ。
デザートは豪華な盛り合わせにした。手作りのケーキとアイスクリーム、それから旬のフルーツを贅沢に並べて。彼はそれは嬉しそうに、でも恥ずかしそうに、スマートホンのカメラ機能を使っていた。

「岩ちゃん、お誕生日おめでとう。いつも来てくれてありがとう」
「俺の方こそ、こんな豪華なプレゼントを貰っちまって申し訳ないな」
「岩ちゃんは特別なんだから、当たり前だよ」
「…さんきゅ、及川」


岩ちゃんの思い出に残る誕生日になっただろうかと思いながら彼を抱き締めたら、遠慮がちに俺の背中に腕が回ってきた。
きっと、今想いを告げたら良い返事が返ってくるんだろうなと思ったけれど、それにはまだ蓋をしておくね。

次に特別なコースを出すのはまだもう少し先。とびきりのメニューと言葉で君を真っ赤にしちゃうんだからね。




2015.06.10 岩泉 Happy birthday



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