※及←岩前提で、及(兄)×岩
(及川のことが好きだけど及川には彼女がいて、及川とそっくりな及川兄と付き合う岩ちゃんの話。及川兄は捏造、完全創作なので要注意)









男が男を好きになるなんて一般的に考えればそりゃ、気持ち悪い。百歩譲って、イケメン俳優を好きになったとしよう。ああ、その人に憧れてるだけなんだな、と思われるかもしれないし、憧れというだけで諦めがつくかもしれない。
俺だってまさか自分が男を、況してや、何十年と一緒に過ごしてきた幼なじみの男に恋愛感情を抱いてしまうなんて思わなかった。顔が綺麗だとはもともと知っていた。幼いころは、女の子みたいだと言ってからかわれていた奴がいつの間にか俺よりもでかくなっていた。

中学二年の夏、及川は「彼女できちゃった!」とそれはたいそう嬉しそうに俺に一番に報告してきた。俺はもちろん「よかったな」と言って笑ったのだが、なぜだか胸がチクリとした。及川が最初の彼女と別れたとき、ホッとした時に気づいたのだ。俺は及川が好きなんだということを。

女の子にモテモテな及川からすれば、体格の良い幼なじみの男からの想いなんて気持ち悪いことだろう。別に付き合いたいなんて思わなかった。ずっと、ずっと片想いで良いと思っていた。でも、ある日を境にそんな感情は消え去った。

及川が何度目かは分からない彼女と別れた高校二年の春、及川は俺に冷たく笑って言った。

「女の子ってバカだよね。俺と付き合ったって俺が好きになることなんてないだろうに。誰構わずオッケーしてんだから気づけば良いのに。俺が誰だって良いって思ってることをさ」

その時、じゃあ俺でも良いのか。なんて聞けるわけはなかったけど、胸がざわついた。及川とそういう関係になれたら良いのに、と欲深い考えが脳裏に浮かんで消えなくなった。


及川はいつまでも繰り返す。一人と付き合っては別れ、また別の一人と付き合っては別れ。今でも変わらない。その度、俺は傷付いて泣いて、ホッとして。俺もバカなだ。及川のような人間を好きになったって得なんてするわけがないことくらい分かっているはずなのに。でも、この感情を捨てられずにいる。及川が女の子と別れる度に俺のもとへやってきて「フラれちゃった」とへらへら笑う顔が見たいのだ。




「及川、今回の彼女と長いよね〜やっと本気になったか」

昼休み、花巻が何気なく言った一言。今回もまたすぐ別れるものだと思っていた。けれどもう、一ヶ月半になる。及川が女の子とここまで続いたことは今までない。

「そう言えば、香水変えたよね及川」
「あれだろ。確か彼女がくれたってやつ」
「バニラだよね、あの匂い。すっげえ甘ったるい」

そう、及川は今まで愛用していた香水をさっぱりとやめてしまったのだ。彼女から新しいものを貰ったというだけで。俺にも薄々気づいていた。及川が本気になっていることを。胸が痛い、苦しい、息が出来なくなりそうだ。こんなにも簡単に及川は変わってしまったのか。俺はどうしたら良いのか。及川が幸せそうに笑うのに、俺はずっと息苦しくて死んでしまいそうだ。






「あれ、一?お久しぶり」
「…にーちゃん?」
「やっぱりそうだ。うわぁ、一、おっきくなったなぁ!」

ある朝、早朝ランニングに出掛けた時だ。懐かしい、及川とそっくりな及川の兄貴に会った。顔も声も背丈もそっくりで、泣き出してしまいそうだ。

「…一?どうしたの?どっか痛い?」
「…なんでも、ない、から─」
「何でもなくないでしょ、ほら家入んな」
「っ、いい─!」
「徹?徹と何かあった?あいつ今日彼女ん家だからいないよ」

彼女ん家。
それだけで、涙がでるには十分すぎた。涙が止まらなくて、カッコ悪い、と思ったらにーちゃんに抱き締められていた。懐かしい匂いがした。以前の及川の匂いと同じだった。

「俺でよければ話聞いたげる」




男が好き。及川が好き。及川が彼女と上手くいっているのが、簡単に及川が変わってしまったのが、苦しい。辛い。バニラの匂いがするだけで気持ち悪くなる。なんて、ぽつりぽつり、話した。
にーちゃんは黙って俺の話を聞いてくれた。

「俺は気持ち悪いとか、思わないよ。一が苦しいなら俺が傍にいてあげる」

俺を及川徹だと思いなよ。お前のものだよ。

「…ね、岩ちゃん」

あいつと同じ顔で、同じ声で。そう言った。ぶくぶくと深くに沈んでいく感覚を覚えた。俺は溺れてしまった、好きな男によく似たその兄に。



逃げている卑怯者だということは自分がよく分かってる。それでも手を離せない。
すき、すき。好き。
岩ちゃん、と優しい声が聞こえる度、俺はきゅ、と胸が締まる。懐かしいあの匂いも、大きな手も、整った顔も、俺よりも少し高いあの声も、全部、同じだった。

及川、と呼べば振り向いて笑ってくれる。こんなに女々しくて卑怯でズルい俺のことを優しい手で包んで、岩ちゃん、と呼んでくれる。慣れ親しんだ匂いに目を閉じれば良い夢が見れそうだ。


「岩ちゃん、起きて〜…そろそろ帰った方が良いよ」
「…分かった」
「それとも泊まってく?なんならお母ちゃんに言っておくけど」

岩ちゃんのお母ちゃんにも連絡したげるよ。
無言で及川に抱き着いた。一緒に居たかった。一人でいるのが無性に怖く感じた。

「よしよし」

大きな及川の手が俺の頭をくしゃりと撫でた。くすぐったい。及川は優しい目をしていた。
なんで俺のためにそこまでしてくれるのか、分からなかった。

この人だって女の子に囲まれるような人だ。相手なんて選び放題で、彼女の一人や二人は軽くいそうなのに。
彼女いないのか、と聞けば俺には岩ちゃんがいるから、と笑った。甘くて優しい言葉をたくさん貰った。でも、不安で、怖くて。
及川が俺が離れないでいると、笑った。寂しいの岩ちゃん、なんて言いながら雑誌のページを捲って。俺を退かせようとはしなかった。

「岩ちゃん、日曜日暇ならどっか出掛けようよ」
「…今週末はオフだ」
「どこ行く?」
「どこでもいい」

じゃあデートプランは俺が考えておくね、とまた笑った。そんな暇があるのか、と聞けば岩ちゃんの為ならその時間は惜しくないよ、と言った。ばか、と軽く頭を叩くと痛いなぁと言って頬に軽くキスをされた。

「及川」
「なあに」
「…好きだ」
「ふふ、俺も好きだよ」

岩ちゃんだあいすき。
そんな甘い声が頭の中でこだました。









「岩、日曜日暇?」
「悪い、用事ある」
「え、岩ちゃん彼女?!」
「及川うっさい」
「ホントそれな」

金曜日の部活が終わり、シャワーを浴びていた。学年順になっているから、三年が並んでシャワーを浴びていた。

「えー…久しぶりに岩ちゃんと遊べると思ったのに」
「及川彼女いるデショ」
「たまには岩とカラオケとか行こうとか考えてたんだけど」
「悪いな、松川、花巻」
「俺は!?」
「はいはい」

及川との会話はもう慣れた。俺にはあの人がいるから大丈夫だと自分に言い聞かせたら落ち着いていられそうだ。

「俺別れちゃったの!」
「またかよ、今回は上手くいってそうだネって三人で話してたのに」
「興味ねーな」
「ホントホント」

及川が彼女と別れた、と告げてきても今は何も感じない。ホッとすることもない。ただただ流せるようになった。
それに、今はオフの日のことを考えるので頭がいっぱいだった。






「おはよう岩ちゃん」
「…駅集合って」
「早く会いたかったから迎えに来ちゃった」

うへぺろ。
舌を出すのは女の子がやるもんだろ、と軽く背中を叩いた。やだなぁ照れ屋さん、と語尾に星が付きそうな言い方。うざい!と言ってもう一発。痛いよ岩ちゃん、なんて甘ったるい声で言いながら。

「やっぱ岩ちゃんはカフェ巡りとかできないよねぇ」
「…るせぇ」
「美味しいケーキとかいっぱいあるから全部廻ろ!」

腕を引っ張られ、転びそうになる。ガキ臭ぇな、と思いながらもどこか懐かしくて。たまらず、ぷっと笑ってしまう。及川は「何笑ってんの岩ちゃん!」と頬を膨らませた。
及川は何人もの女の子とデートをしたことがあるからだろう、おしゃれなカフェをたくさん知っていた。流石に男二人で入るのには抵抗があったが、及川にがっちり肩を掴まれてしぶしぶ入ることにした。

「いらっしゃいませ、二名様ですか」

迎えたのはパティシエールのような格好をした、可愛らしい女の子。パティシエールなわけではなく、このカフェの制服らしい。もちろんウェイターもいるわけで、男もパティシエのような服装だ。及川ならこんなのも当たり前のように着こなしてしまうのだろうと思うと無性に腹が立って、背中をバシッと叩いた。なんなの岩ちゃん、理不尽!などと及川は叫んだ(小声)。

「デートで来るのは岩ちゃんとが初めてだよ。先輩に教えてもらったの。あ、恋人じゃないからね!?」
「…あっそ」
「ほほう、岩ちゃんちょっと嬉しそうだね?」
「なわけねーよ」
「耳赤いってば」

ニヤニヤする及川の顔に、お手拭きを投げつけクリティカルヒット。お行儀わるいよ岩ちゃん!と及川には怒られた(小声)。
今日のおすすめ、というのを頼むとミル・クレープが運ばれてきた。甘いもの好きにはたまらないものだ。何枚ものクレープ生地の間に、クリームや小さくカットされたフルーツが挟まれている。甘いクリームとほどよい酸味を持つフルーツのコンビネーションは最高だ。

その店を出た後は街中を歩き、少し裏路地へ入った。こんなところに何があるのかと聞けば、目線の先に小さなカフェがあった。
薄暗い店内にはアンティーク家具が置かれていて、スプーンやフォーク、ナイフ、グラスや皿までアンティーク品だった。そんなおしゃれな食器に乗せられてきたのは、タルト・タタン。一口食べればリンゴの甘さが口いっぱいに広がる。有名菓子店が出すものよりも美味しく感じた。食後にはフルーツティー。ふわりと香る果物の甘さで幸せな気分になれた。

ミル・クレープにタルト・タタン。それ以外にも、口どけのよいプリンや、ほんのりコーヒーの苦さが残るティラミス。数々のカフェを周り、オフの一日を有意義にすごした。





「…え、岩ちゃんと兄さん?」

及川の家に寄ろうと話していた電車内で、話しかけられた。声の主は考えずとも分かる人物で、鼓動が早くなった。
あの、甘ったるいバニラの匂いがした。デザートに使われるようなバニラの香りとは違う、きつい匂い。


あたまが、くらくらする、そんな、におい。



...next
多分続く


title by 青鈍



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