思わず見とれてしまうような顔に、優しく甘い声。柔らかい笑顔を四方八方に振りまく、私の幼馴染み。及川徹。女の子がいればあの笑顔を見せ、手を振る。
私は知ってる、あの笑顔が全くの作り物だということを。紳士的に見えても実際は腹の中が真っ黒だということも。
それなのに、私はずっと及川を追いかけてる。好きになることがダメなんて知ったときにはもう遅かった。
私は、及川の彼女になりたいとか、そんな大層なことは考えたことがない。無理なことは百も承知だし、何せ昔から家族ぐるみの付き合いだから恋愛対象として見られていないから。私は見てるだけでいい。及川が幸せになってくれれば、それでいい。




「岩ちゃん、おはよ」
「…はよ」

バレー部の朝は早い。特にマネージャーなんて体力がない者にはマトモに務まらない。
岩泉は小学生からバレーをやっていて、中学生の頃はエースとして活躍していた。岩泉は高校に入学し、男子バレー部のマネージャーを希望したのだ。

「岩ちゃんやっぱ早いなぁ」
「お前、珍しく早いな」
「たまには岩ちゃんを迎えに行こうかなって」
「いつも私が起こしに行くもんなー」

岩泉は朝起きるのが早い。昔から朝早く起きるのが当たり前で、早朝マラソンなどをしていた。
今はマネージャーだが、日々の運動は忘れないのだ。

「あれ、岩ちゃん。シャンプー変えた?」

当たり前のように高校生女子の平均身長を越している岩泉でも、男子バレー部セッターの及川には遠く及ばない。
ふわっと飛んだ優しい香りが及川の鼻を誘ったのだ。
シャンプーが変わっただけなのに気付くとか変態か!と岩泉は及川の背中を音を立てて叩く。

「何で変えたの?」
「母さんが新商品らしいからって買ってきた」
「岩ちゃんママは岩ちゃんと違ってオシャレさんだもんね!」
「あ?」
「睨まないで!!」

及川はヘラヘラと笑いながらも心のうちではひやひやしていた。ずっと使っていたシャンプーを突然変えるなんて、しかもオシャレに全く興味を示さなかった幼なじみがいきなり、流行りのものを使い出したのだ。好きな異性が出来たのか、及川は焦っていた。

「このシャンプーさ、甘ったるいよね」
「嫌いか?ならやめるけど」
「何で俺の好みで変えようとするの」
「…周りに気持ち悪い匂いを撒き散らしたくねえの」


俺の幼なじみは気付いていない、自分に対して好意を寄せる輩が少なからずいるということを。俺もその一人。
特別美人だとか、モデル並みのスタイルではないけれど、岩ちゃんを見ている男はたくさんいる。特別美人ではないが、猫目でくりっとしているしたまに見せる笑顔は本当に可愛い。スタイルだって、バレーで鍛えられた手足は筋肉がキレイについているし、胸だって結構ある。

誰も見ていないなんて思ったら大間違いだよ岩ちゃん。


「あ、岩ちゃん。今日放課後は部活ないからさ、一緒に駅前に出来たクレープ屋さん行かない?」
「…いく」
「じゃあ教室迎えにいくね!」
「つか、及川彼女いる癖に私と遊んでていいのかよ」
「んーいいの、別れたから」
「またかよ」

岩泉さんってただの幼なじみなんでしょう、なのになんで彼女の私より岩泉さんを構うの?及川くん、岩泉さんのこと好きなの?
及川センパイって私のこと全然見てくれないですよね…。岩泉センパイといる方が楽しそうですもん。
及川って岩泉ちゃんの何なの?幼なじみでしょ?

毎回フラレる時に言われる言葉は大差ない。どんな女の子と付き合っても岩泉以上によく見えることなんてなかった。グラビアアイドルのような可愛い子も、AVに出ていそうな美人も、岩泉と似たような雰囲気の元気な子も。及川を満足させることは出来なかった。





「うわぁ、美味しいね。こんな豪華なクレープ初めてだよ、俺!並んだ甲斐があったね!」
「ん、」
「もー、岩ちゃんてば。他にないの?こんなに美味しいのに」

たっぷりの生クリームに、チョコレートソース。それに加えてバナナやチョコレートアイス、そしてガトーショコラが入った豪華なクレープだった。
甘いものが好きな岩泉(周りには隠しているが)には幸せそのものだった。及川は岩泉と一緒に食べるクレープは特別美味しく感じた。

「美味いって言ってんだからそれでいいじゃねーか」
「あ、岩ちゃんクリームついてる」
「話聞けよ」

頬に及川の長い指が触れ、どくん、と心臓が波打つ。こんなことは愚か、幼いころは恥ずかしいことを当たり前にしていたというのに、ひどく意識してしまう。
岩ちゃん、顔赤いけど大丈夫?なんていう及川が腹立たしい。ばか、誰のせいだと思ってんだ!なんて言えるわけはなく、代わりに及川の背中を蹴飛ばした。
お前が好きなんだよ、クソ及川め!と心の中で叫びながら。



幼なじみ/すれ違い
title by 背中合わせの君と僕



text
text2

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -