いつもより少しだけ助走のタイミングが違って、いつもより少しだけジャンプが高かった。着地した瞬間の歪んだ彼の顔は忘れるわけがない。試合を第一に考えなければならない立場であるが、同時にメンバーの様子だって見なければいけない。
幸い公式戦ではなかったからか、彼も納得してコートを出た。試合が終わってから保健室に向かうと、ぶすっとした顔で彼は椅子に腰掛けていた。

「あら、及川くん」
「こんにちは。岩ちゃんどうですか?」

にこ、と笑顔で軽い挨拶をして岩ちゃんの様子を尋ねる。岩ちゃんに視線を移せば「別に何ともねえ」と舌を出してきた。
何ともない、とは言い難いけれど彼の様子から察するに、軽い捻挫くらいで済んだのだろう。

「大げさなんだよ、お前は」
「酷いな!心配してあげてるのに!」
「は?心配しろって誰が言った?」
「素直じゃないんだから!」

岩ちゃんは念のため病院に行くらしい。本人は嫌そうな顔をしていたけど。まぁ、本人が大丈夫だと言うなら大した怪我ではないだろうとこの時の俺は軽い気持ちでいた。


部活を暫く休む、と岩ちゃんから連絡が入ったのは夜、俺が以前ある学校との練習試合をした時のDVDを観ていた時のこと。

「どのくらい休むの?」
『あんま長くは休まねぇよ。あのオッサン大げさすぎるんだよ』
「はは、岩ちゃんのタメを思ってだよ」
『そんなんいらねぇわ』

暫く通話して終わった。聞くのは忘れたけど見学はするんだろうな。早くスパイク打ちたいってだだっ子にならなきゃいいけどね。俺もトスとサーブを磨かないとなぁ!


翌朝、体育館に向かうと岩ちゃんはいなかった。いつも早い彼が来ないことに少し不思議に感じたけど怪我をしているからゆっくり来るのだと思って、部室に向かった。
部員が集まり、練習をし始めたが岩ちゃんは来なくてたまにキョロキョロと辺りを見回すこともあった。朝練に岩ちゃんは来なかった。

「あ、岩ちゃん」
「うっす」

教室に入ると岩泉が自分の席に座っていた。何故朝練を見に来なかったのかと聞こうと思ったが、別に強制ではない。だから、聞くことが急にいけないように感じて口をつぐんだ。

「及川?」
「あ、なに?」
「どうかした?何か変だぞ。言いたいことあんだろ、言えよ」
「…聞いちゃっていいの?」
「おう」

一呼吸置いて、口を開く。ああ、岩ちゃんてば、やっぱりずるい。何でこんなにカッコいいんだろう。

「…何で、朝練来なかったのかなって、思って。いや、強制じゃないからおかしいことじゃないんだけど、岩ちゃんなら来ると思ってたっていうか」

「ごめん及川」

岩ちゃんが俺の言葉を遮った。胸がざわめく。聞きたくない知りたくないと俺の脳が反応する。

「俺の怪我、いつ治るか……わかんねえんだ」

え、嘘、なんで、どうして。俺の頭は理解に苦しんだ。だって、どうして岩ちゃんがそうならなくちゃいけないの。
一緒にウシワカちゃんを倒そうって俺に頭突きまでした岩ちゃんが。なんで。

「うそ」
「嘘じゃねえべ。まじ。まじ、だから」
「やだ、よ。岩ちゃんがなんで、なんで、」
「嘘ついてごめん、朝練も行けなくてごめん…」
「治るんでしょ」

うん、て答えてよ。いつもみたいにニカッて笑ってよ。そんな哀しそうな顔しないでよ、岩ちゃん。
岩ちゃんなしで主将なんて、セッターなんて…バレーなんて、できないよ、おれ。
ねえ、岩ちゃん。岩ちゃん。

「ごめん、な…及川」
「やだ、やだよ岩ちゃん。岩ちゃん以外に誰が俺のトス打つの、岩ちゃん以外に誰が俺を叱ってくれるの」
「いやいや、待てや及川!誰がバレー辞めるって言ったべや」
「は?」

雰囲気をぶち壊したのは他でもない、岩ちゃんだ。何言ってるか分かんないんですけど。

「いつ治るかわかんねえって言ったけど、治るっつーの。最後まで話聞けよボケ!」
「治るんでしょ、って言ったって頷かなかった!」
「は?頷いたじゃねえか。お前の目、大丈夫か?」
「えええ!?」

どうやら俺はとんだ勘違いをしていたようです。ホント周りが見えなくなるって怖いね(ほし)
岩ちゃんの怪我がいつ治るか分からないっていうのは成長期の真っ最中だから。下手に動くと治りが悪くなっちゃうみたい。…最初からそうやって言ってくれればいいのに!

「心配掛けて悪かったな。朝練見に行ったら、体動かしたくなっちまうって思ってさ」
「それならそうと言ってよぉ…ホントにびっくりしたんだからさぁ…」
「悪かったって!今度ラーメン奢ってやるからチャラにしろ」
「命令形はおかしいよ」

ま、何はともあれ、岩ちゃんの怪我がちゃんと治るならそれまで待てばいいし、トスもサーブも岩ちゃんがびっくりするくらい上手くなってるように、俺は練習頑張るから。早く治して戻ってきてよね、岩ちゃん!




怪我
title by サンタナインの街角で
一万打 李厘さんに捧ぐ



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