※悪魔の及川と神父の岩泉



「あ、やっと来た」
「…さっさと消えろ、悪魔が」
「岩ちゃんが俺と来てくれたら消えてあげる」


カラフルなステンドグラスを通して光が差し込むこの部屋に、不似合いな真っ黒な男。この男は角や大きな翼、そして刺さりそうなほど先が鋭い尾を持つ。人々に恐れられる悪魔だ。
この悪魔はどんな方法を試しても去ることはなかった。十字架をちらつかせても無駄だ。

「岩ちゃん、俺のものになってよ」
「悪魔の言うことなんて聞きません」
「冷たいなぁ。ま、そういうトコが好きなんだけどね」
「オイカワ、お前本当にキモいな」
「神父サマのくせに口が悪い!」

悪魔は祓うべきなのだが、こいつは人間を操るだとか、人間に取り付いて苦しめるだとか、そんなことは一切しない。何故か礼拝堂に住み着くこの悪魔は、人間が集まり祈りを捧げている間もおとなしく影に隠れているのだ。

「お前さ、本当に悪魔なのか?」
「岩ちゃんそれ何回目?俺はれっきとした悪魔だよ」
「…悪魔らしくねえ悪魔だよな」
「そんなことないよ。天から堕とされるような悪さしたんだから」

にこ、と笑みを浮かべる姿は悪魔と結び付かないし、むしろ天使の笑みに見えるものだ。この笑みで落ちない女はいないだろう。
堕ちるような悪さをしたようには到底思えない。もうこいつと大分一緒に居るが本当にそう思う。

「岩ちゃん」
「…なんだよ」
「気が向いたら俺の昔話してあげるね」
「は、興味無いけど」
「そんなこと言ってホントは気になって仕方ないくせに」

気にならないわけがない。この男が堕落した理由が知りたい。なぜこんなにもこの男を知りたいと思うのかは分からない。


そう言えば俺はこの悪魔の綺麗すぎる顔を以前どこかで見たことがあるような気がする。最近の話ではない。ずっと遠い昔のような。この曖昧な記憶があいつの過去と何か関係があるかもしれない。




考え事をしていたせいだろうか、今日は身体が少し重い。日頃の疲れだろう。朝から晩まで働くのだから仕方ない、自分に言い聞かせて朝食を作る。

朝食も作ったはいいが、食べたいと思わない。食べ物をみたいと思わない。作ってしまったのだから食べないわけにはいかないが。


「岩ちゃんおはよー!」
「…ああ」
「あれ、今日はどうしたの?顔色良くないよ?」
「…気のせいだ」

いや、いつも、俺がおはよーって言うと悪態をつくじゃない、と悪魔が言った。こいつに気づかれるなんて。余程身体が悪いのか。

「…何でもねえから」
「フラフラじゃない!ダメだよ、今日は休みなよ!」
「安息日じゃない日に休めるか…」

悪魔に言い返したのと同時に、視界がぐにゃりと歪んだ。その感覚が気持ち悪くて目を閉じた。

「岩ちゃん!!」

ドサッ、と倒れ込んだのは冷たい床ではなく悪魔の腕の中だった。温かいような気がした。悪魔の腕の中は温かいものなのだろうか、それとも単なる錯覚か。

「…っ、おい、か」
「大丈夫?やっぱり今日は休まなきゃダメだよ」
「……っ」
「寝室まで連れていくから。自分で寝間着に着替えられる?」

瞼が重くなって下がってきた。ああ、本当に今日は休まなくてはならないのか。神父ともあろう者がこんなことでいいのだろうか。

「岩ちゃん、薬が何もないんだけど」
「…必要だと思ってなくて、置いてねえ…」
「じゃあ街まで行ってくるからちゃんと寝ててね。どうせ眠いんでしょう」
「わかったから」

そんな角も尾もある人間がこの世にいるかとツッコミたかったが、生憎そんな気力はなかった。脳がすでに身体へ休むように命令を送っている。

「行ってきます」

ぼやけた視界に映る姿に見覚えがあったがすぐに意識が飛んだ。








「オッサン、なんで頭の上にわっかがあんの?なんで羽ついてんの?」
「オッサンって酷いなキミ!こんなイケメンのお兄さんに向かって!」
「自分で言うとかだっせ」
「口悪。キミはこんなトコで何してるの?」

冷たい雨の日だった。小さな小屋があって身を潜めていた。ここがどこなのか、わからない。

「俺はひとりぼっちだから」
「どうして?」

お父さんとお母さんに捨てられたんだと話した。一緒に出掛けようと手を引かれて知らない街に来て、少し待っていてと言われてそれからずっと彼らは来ないのだと。
こんな知らない街に友達なんてものもいないし、知ってる大人だっていない。そう、俺はひとりぼっち。

「じゃあ、俺が友達になってあげる」
「オッサンが?」
「だからオッサンじゃ」
「マジ?マジで!?」
「あ、うん…」
「俺、はじめって言うんだ」
「はじめちゃんね。俺は……」





ああ、そうだ。俺のたった一人の大切な友達だ。どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。
あの後、暫くしてからアイツはどこかに行ってしまった。俺が十五になって、前の神父に拾われた時に。
辛くて悲しくて、何も言わずに消えてしまったアイツが許せなくて、お礼を何一つ言えなかった自分に腹が立って…記憶に蓋をしたんだ。

「オイカワ…」
「呼んだ?」

へら、と相変わらず気持ち悪い笑顔をする。でもそれが何だか懐かしい。初めて会った時もこんな顔をしていたんだっけ。

「…何で、いなくなったんだよ。何で、何も言わずに行っちまったんだよ。何でこんな真っ黒になってんだよ…何で、何で…」
「ごめんね。ごめんね岩ちゃん」

オイカワはぽろぽろと飴玉のようにキラキラした涙を流した。

「俺、岩ちゃんと過ごすうちに友達としてじゃなくて、好きになっていったの。でも俺の世界では人間を愛してはいけなかったんだ。この気持ちがバレちゃって、追放された」

たとえ俺のことを忘れていても、そばにいたかった。岩ちゃんのそばにいたかった。岩ちゃんを好きだって気持ちが止まらなくて、気付いたらこの教会にいて、岩ちゃんと再会した。

「オイカワ…」
「気持ち悪いでしょ、でも、でも全部ホント」
「…気持ち悪くなんかねえよ」

ああ、そうか。俺も好きだったんだ。ずっと傍にいてくれたコイツのことが。
記憶に蓋をしていたのに、想いとは凄いものだ。何十年も人間をやってきたというのに。

「オイカワ、俺もお前のこと、好きだ」
「…え?」
「笑っちまうよな、結婚できない神父でしかも、好きになった奴が同性とか」
「ま、一応天使とか悪魔には性別なんてないけどね。岩ちゃんが望むならつっこんであげても…痛い痛い痛い!ごめんて!」
「痛みに苦しんで消えろ」
「岩ちゃんが一緒ならぜひ!」
「悪ィけどまだ死ぬ気ねえから」

もう記憶に蓋をする必要なんてないだろう。この悪魔と死ぬまでずっと、いや死んでからもきっと、一緒なのだから。

「うん、ずっと待つからね、岩ちゃん」






title by 誰そ彼



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