1.ばか、そんなんじゃねーよ


「ね、岩ちゃん〜」
いいじゃない、と男のクセに瞬きをパチパチと繰り返す。しかもその睫毛がまた長いものだから腹が立つ。
「ホントうぜぇ、消えろ」
「やだよーん。及川さんは岩ちゃんとずーっと一緒に居るんです」
「トイレは着いてくんなよ」
「じゃあお風呂は着いてくね」
語尾にハートマーク、そのすぐ後のウィンクで星マークが飛んだように見えた俺は疲れているのか。
「…お前ホントうぜぇ」
「そんな事言いながら俺と一緒に居てくれるよね、岩ちゃんって」
及川が寄ってくるから一緒に居るだけ、の筈だった。前までは。今はもう、そうじゃない。幼馴染みだとか腐れ縁だとか関係ない。ただ純粋に一緒に居たいと思うのだ。
「岩ちゃんって、俺の事好きなの?」
は、と言うまでかなりの時間がかかった気がした。及川の言葉を理解するのにかなりの時間が必要だった。

「っ、ばか、そんなんじゃねーよ…!」





2.お、お前、近すぎ!


あの日から岩ちゃんの態度がおかしい気がする。声を掛けようとすると直ぐに逃げ出す。ついさっきもそうだった。

「あ、岩ちゃ…」
「は、花巻!ちょっと聞きたい事あんだけどいいか?」

こんな感じで岩ちゃんとマトモに話してない。部活の時は部活以外の話をしないから特に変な態度は取られないけど。

─俺の事好きなの?

「あれはマズかったかなぁ…」
あの言葉を発した理由なんて何だったか覚えてない。というかむしろ、元々理由なんて無かった。口からポロっと出た言葉。
俺は結構前から岩ちゃんの事が好きだった。今までも好きだ好きだと岩ちゃんに言っては、はいはい、とあしらわれて来た。今回だってそう来ると思ってた。でも今思い返すとあの時の自分の声は大分本気の時の声に近かった。

「話聞いてよ」
部活が終了してからの部室に主将である俺と副主将の岩ちゃん以外は誰も居ない。
無視なんていくらなんでも酷いよ、と思い切り岩ちゃんをロッカーに押し付けた。やってしまった、と直ぐに思ったけどもう後には引けない。

「及川、お、お前、近すぎ!」

目の前の岩ちゃんは耳まで真っ赤になっていた。
あれ、これって脈アリ…?





3.なんつーか、その、


男に…あの及川に世間で言ういわゆる壁ドンというヤツをされるなんて誰が想像しただろうか。俺は混乱と羞恥で思考が停止している。

「…話、ちゃんと聞いて」

低く太い声に思わず身体が震えた。こいつのこんな声は試合以外では滅多に聞く事はない。この男は本気だ。
小さく頷くといつものヘラヘラした笑顔になった。本気、なんだよな?と思わず数秒前のあいつに問いただしたくなる。

「この前は…ごめん。でも、あれが俺の気持ちだから…あ、別に返事を催促してる訳じゃないからね!?」

及川が、俺を好き。
恋愛的な意味で。幼馴染みだとか友達だとか、そういうのじゃなくて。恋愛対象として及川は俺を見ている。
「や、やっぱり気持ち悪いよねぇ…」
へら、と笑ったようなカオがどことなく寂しそうに、悲しそうに見えた。
そうだ、及川はいつもこうだった。本心はあの薄っぺらい笑顔の下に隠してきた。俺には分かる。
「…なんつーか、その、今までそんな風にお前を見てきた訳じゃねーし、急に返事は出来ない。でも、気持ち悪いとは少しも思わなかった」
だから…だから、少しの間は待っててくれ。俺の気持ちに整理がついたらちゃんと返事する、と伝えると及川は笑った。

「うん、ありがと。待つね」

及川の裏のない笑顔を見るのはいつぶりだったか。何故か心臓がうるさかった。





4.照れて悪いかよ


あれからまた、岩ちゃんとは前みたいに話すようになった。意味を為さない何気ない会話がとても楽しい。
「でねーあの子ってばさぁ!」
「…お前ホント暇人だよな」
「及川だからなー」
「及川が静かだったら槍降るべ」
太陽がてっぺんに昇るお昼時、まっつん、マッキー、岩ちゃん、そして俺は屋上で昼食をしていた。俺は購買で売ってる牛乳パンを三つ食べるのが当たり前で、岩ちゃんは岩ちゃんママの作ったお弁当。まっつんとマッキーは…今日はパンみたい。
「皆酷いなー!及川さんのお話が聞けるんだから嬉しく思いなよねーっ!」
いつもと変わらないこんな日が凄く好き。岩ちゃんの隣に居れるならどんな形だっていい。恋人も友達も関係ない。ただ純粋に隣に居られたら幸せだって思う。
「あ、岩ちゃんご飯粒ついてる」
口元についていた米粒を摘まんで口に含む。お米一粒じゃ、味なんて分かんないか。
「岩ちゃん?」
急に俯いてしまった幼馴染みに声を掛ける。よく見ると耳が赤くなっている。

「もしかして…照れちゃった…?」

ニヤニヤ、という言葉がぴったりだと自分でも分かるような顔をしているハズ。岩ちゃんの反応は一々可愛い。
「っ、るせー!…照れて悪いかよ…!」
ああ、可愛い。ぎゅーって抱き締めると思いっきり殴られた。容赦ないんだから、もう。
目の前にいたまっつんとマッキーに哀れむような目をされた。皆やっぱり扱い酷いよ。





5.一回しか言わねぇからな


岩ちゃんに呼び出された。というか部活後の俺ら以外誰も居ない部室だけれど。岩ちゃんは着替え終わるとこちらに向き直った。

「一回しか言わねぇからな…よく聞いとけよ…」

ああ、この前の返事をしてくれるんだ。いい返事が来たらいいな、って期待してたけどいざとなると結構緊張する。男だろ、しっかりしろよ俺。
岩ちゃんは真っ直ぐ俺の目を見ていた。逸らすことなんて出来ない。そう、岩ちゃんのそんなところが好き。本当に好きだ。

「前にも言ったけど、やっぱまだよく分からねぇ。でもお前に好きって言われてからずっとそれが…その時のお前の顔が頭から離れなかった。ずっとお前の隣に居てもいいって思った、から…」

だから、お前がなりたいって思う関係になりたい、と。
岩ちゃんはハッキリと言った。数秒、俺は動けなかった。だって、それって俺の事好きも同然じゃない。
「な、何とか言えよクソ川…」
ああ、もう大好きとしか言えない。岩ちゃん大好き。
「じゃあ、これから俺は岩ちゃんの彼氏だからね!」
「…お、おう」
岩ちゃんはやっぱり耳まで真っ赤で伏し目がちに言った。なんていい日だろう。
汗や制汗剤の匂いで充満したこの部屋がキラキラとしていたような気がした。


title by 確かに恋だった


AYAKIちゃんに捧ぐ!



text
text2

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -