及川と岩泉

30歳の及川さんと18歳の岩ちゃん

「……どこだ、ここ」

目が覚めると見知らぬ天井が視界を埋めた。自分には布団が掛けられていて、匂いを嗅ぐとなんだか懐かしいような、それでいて全く知らないような匂いがした。
身体を起こして部屋を見回した。一人で寝るにしては広すぎる部屋だと思ったら、反対側には自分が寝ているものと同じ型のベッドがあった。タンスやクローゼットも一人用ではなさそうだ。
手を伸ばせばすぐ届くであろうところに、真っ白なジャージが掛かっていた。自分の通う青葉城西高校のものとは違う。

「Japan…日本代表のジャージ?」

なんでそんなものが。
そう言えば目覚める前、自分は何をしていただろうか。真夏の炎天下でロードワーク中だった。及川とどちらが速く学校まで戻るかを競い合っていたっけ。
それで…ああ、そうだ。走っている途中で突然頭痛に襲われ、倒れた。そして目覚めたらここにいたのだ。

「あ、起きた?」

聞き覚えのある声に、チョコレートのくせのある髪と男にしては少し大きめな目。自分のよく知る顔だった。でも、自分の知っている顔よりも大人びているし、背も少し高い。

「具合はどう?気持ち悪いとかない?」
「…平気だ」
「それは良かった。はい、お水」

ちらりと見えた左手の薬指にはシルバーのリングが付けられていた。爪は綺麗に切り揃えられており、先も尖っていない。

「大変だったね、岩ちゃん。ロードワーク中に倒れちゃうなんてね」
「…何で知って」
「俺にはなんでもわかるんだよ」

ニコッと笑って、俺がいるベッドに腰かけた。近くで見ると端正な顔立ちがなおよくわかる。大きな目は光を浴びて、キラキラと光っているように見えた。高い鼻、男の癖に長いまつ毛。じっ、と見つめていることに気づいたのか、奴はこちらを向いた。

「何、見とれちゃった?」
「…別に。つか、ここどこだよ。お前は誰だよ」
「岩ちゃんが一番知っているんじゃないの?」

確かに俺はこの男を知っている。間違いなくこいつは、及川徹。俺の幼なじみの。ただ、俺が知っているのはもっと幼くて、弱くて、乱暴に触れたら壊れてしまいそうな脆い奴だ。

「…お前は及川徹だけど、俺の知ってる及川徹じゃねえ」
「岩ちゃんも岩ちゃんでこっちにいるけどね」

俺は俺で別にいる、か。自分がもう一人いるなんて漫画の世界かよ、なんて思ったけれど嘘でないことくらい分かる。


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