♪始まりの音色 「貴女や貴女のご友人は神を信じますか?」 さて質問。帰り道、上から下まで真っ黒なおっさんか兄さんか分からない男に話しかけられたらどうしたらいいだろうか。別に「りぴーとあふたーみー」なんて言ってないのに復唱しなくていいって本当いいって復唱するなら面白くしろ! こういう時は何だお前って顔して唾はいてスルーが一番なんだが、そんな面白くないこと俺はしたくない。 と、いうことで最大のドヤ顔で返してやろう。 「俺と友人は神を超越する存在だからいなきゃ困るな」 さてもう一つ質問。何だお前って顔されて変なゲーム渡された上、目を離した瞬間真っ黒がいなくなったんだけど俺はどうしたらいいんだろうか。 始まりの音色 とある昼下がりの休日。紅茶が淹れてある四つのティーカップをおぼんに乗せ、鼻唄混じりで階段を上がっていくのは椿だった。椿が足を進める度にカップが揺れ、小さく陶器と陶器がぶつかる音が廊下に響く。 溢さないように、と少し緊張気味で階段を登っていた。その時だった。 「きゃあああ!!」 「っ!?」 客が招かれている部屋から悲鳴が轟き、それに呼応するよう陶器がカシャン!と音を立てた。 椿の肩が驚きで揺れ、慎重になっていたことも忘れ慌てて部屋へ走っていく。紅茶が少し溢れ、木製のおぼんに落ちるがそれを気にかけてはいられなかった。 「どうしたのっ!?」 扉が壊れるんじゃないか、という程の勢いで壁にバンッ!!と強く押し付る椿。 そこで広がっていた光景は、あり得ないというか、彼女の中ではあり得て欲しくないような状況だった。驚きで、椿の目は見開かれている。 何故、髪を高く二つに結んでいる親友が、水色という珍しい髪をした友人に馬乗りになっているのか。 「きぃっやぁああああ!!!ぅやばいわっ萌える!!萌え死にできるぅぅぅっ!!!ダーリン×有紀さんならず有紀さん×ダーリンの夢のシチュエーショォォォォォォン!!!ああっ、でも凛菜ちゃんは元々壱総受け賛成派よぉっ!!その普段クールでSッ気ムンムンダーリンが攻められて顔真っ赤なんていけるぅっっ」 「寧ろ逝ってこい地球外生物…。つか有紀さん退いてください。髪が顔に当たって正直鬱陶しいです」 「壱は見た目に反してほっせーよなー!ちゃんと飯食ってっか?」 「何だこの状況ーーーっ!?」 やっと椿の思考回路が正常に回り始め、叫んだ。 これは彼女がよく、つっこみ苦労人だの特技がつっこみだのと周りから言われているから。ではなく、誰が見ても「何だこれは」という反応だっただろう。 椿は手におぼんを持っていることもすっかり忘れ、一番近くにいた少女に何があったかと問いかけた。 少女、凛菜は日本人とは思えないような鮮やかな翠色の髪で、同じく翠色の瞳を輝かせ、尚且つ息を荒々しくさせながら頬を恍惚とさせていた。 「聞いてください椿さん!有紀さんがついに……ピーへと目覚めたんです!!」 「放送禁止用語おおおお!!!止めてっ、そんな単語有紀には似合わないから!!ていうか有紀はピュアでいて欲しいぃいいっ!!」 「ふ…っ、現実を見るのよ椿さん!それに元々有紀さんは目覚めたらそういう素質が−」 鼻息を荒々しくさせなから、凛菜の口から次々と溢れてくる言葉は彼女の容姿の良さを全否定しているようだった。台無しである。 止めて聞きたくない!と耳を塞ぎながら騒ぐ椿。それを横目にし、更に凛菜へ冷ややかな視線を送っていた、床に背を任せている少年――否、少女は深いため息をついた。透き通るような水色の髪に、同じ色をした鋭い瞳を持ち、男性顔負けの美しい容姿。先ほど凛菜にダーリンや壱と呼ばれていたのは彼女のことだった。 「有紀さんが阿呆な事するからどっかの地球外生物が調子に乗ってるじゃないですか…。 ほら、さっさと退いてください」 視線を自分の上に乗っている人に移し、何の苦も感じない顔をして軽々とその体を横に退け、上半身を起こした。 有紀、と呼ばれたツインテールの少女はその行動に分りやすく「不満を持ってます!」という表情を見せ、わざとらしく床を叩いた。 「ちくしょう壱コノヤロォォォォォッッ!!なんでそんなに軽く持ち上げれるんだよ?!14歳だろ!同い年だろ!?その身長と力の差はなんだ俺への当て付けかきぃぃっ!!」 「何を言ってるの有紀さん!!その差があって攻め受け逆なんだからいいんじゃないのっっ」 「てめぇ等いい加減黙れ」 壱の周りに、どんな鈍感でも気付くであろう不機嫌なオーラが纏われた。 確かにこの場にいるのは全員14歳の中学二年生。であるのに何故、壱と凛菜は二人に敬称をつけ敬語で話すのか。それはこの物語とは別の物語での関係のままだからであるが――長くなる上、特にこの物語に支障が出るわけでないので気にしないでいいだろう。 「えー…っと……。い、壱君…本当何があったの?」 やっと凛菜から解放された椿は、ティーカップとクッキーが盛ってある皿が乗ったおぼんを机の上に起き、もう一度尋ねた。 それを耳にし、壱は気だるそうにため息をつく。 「それは俺が聞きたいです…。有紀さんがいきなり俺に突進してき」 「あー!そうだったそうだった!!やっべ忘れてた。 壱、壱ー!ちっとこっち向けーっ」 言葉を遮られ、壱は再びイラついたオーラを放出させた。しかし無視をすれば、有紀は更に面倒な人であると言うことを知っていたので渋々と言うことを聞いた。 「何なんですかほんっ」 「ロケットショットォォォォォ!!」 「むぐっ!?」 有紀はまるで、野球のピッチャーの如く豪速球で何かを壱の口の中に投げ入れた。 咄嗟のことで、思わず飲み込み壱の喉仏が動く。半分放心状態であったが、はたと我に帰り、慌ててえずいて飲み込んだ物を出そうとする。しかし既に食道を通ってしまい出てくる望みは薄そうだ。 「有紀さん…とうとうあれを実行してくれたのね…!」 「おうよ!いやー、最近中々壱やお前に会えねーからいつやろうか悩んでたんだよな!あははは!!」 「グッジョブ有紀さぁぁぁん!!」 苦し気な壱を余所に、親指をグッ、と立て煌めく笑顔の凛菜に有紀も同じように返した。 椿はというと、噎せている壱の背を心配そうに擦り、眉を潜めながら恐る恐る有紀に尋ねてみた。 「有紀……まさか今の、七瀬が作った薬入りの飴じゃないよ、ね……?」 そうでないように、と淡い期待を抱きながら尋ねた椿だが、それはあっさりばっさりと親友によって切られてしまった。 「おう、七瀬が作った薬入りだぞ? 性転換の」 どこかで水が氷に変化したような、そんな音が響いた。壱と椿の顔がみるみる真っ青になっていく。 ちなみに七瀬、というのは有紀と椿の親友の一人であった。クールで冷静、そして毒舌でSっ気を持ち合わせている。そんな彼女は趣味でよく変な薬を作り、自分の手は汚したくないので薬入りのお菓子を有紀に渡しているのだ。 この現代で、性転換という不思議なものを何故中学生が作れるのかは……これもまた別の物語なので説明は省かせて貰おう。 「いやな、七瀬がまた作ったからやるって言ってくれたんだけどよ。誰がいいか悩んでたんだよなー」 「で、あたしに相談してきたのよねーっ!性転換って聞いた時は、これはもうダーリン以外考えられないと思って!!」 「丁度まだ壱に飲ませてなかったしな!」 ケラケラッと全く悪びれない笑顔で笑う有紀。こういう悪戯は有紀にとっては日常茶飯事であり、寧ろ罪悪感を感じでいる彼女がいたら病気にでもなったかと思えばいい。 そして先ほどから常にテンションが異常だった凛菜だが…呆然としている壱や椿など気にもかけず、くぁっ!と目を開き熱弁を始めた。 「ああっ有紀さん!これでやっと本物のダーリンのBLCPが見れるわっっ!!別にNLでも全然バッチオッケーカモンベイベー☆なんだけどっ。あ、もちろんさっきみたいに有紀先輩×ダーリンのような百合も大歓迎よぅっ!!でも……でもねっ!やっぱり一番は壱総受けBLなのよぉぉぉっっ!!!これは流石の凛菜ちゃんだけでは叶わぬ夢だったわ…妄想による薄い本での中身だったわ……っっ。でも!だけど!!念願のそれが今現実になる可能性が何ッッ十%も膨らんだわっ!!ありがとう有紀さん!愛してるぅーっ!!」 「ははは、言ってる意味さっぱりだけど俺も楽しかったからグッジョブ!」 凛菜と有紀がお互いがガッシリと握手を交わしている間、壱は自分の胸をゆっくり、確かめるように触っていた。その表情からは何も伺えない。普段以上に無表情である。 そして、何かを確信したのかその手はピタ…ッと停止し、同時に壱の後ろにいる椿が「ひっ!?」と短く悲鳴を上げた。 ゆらりと無言で立ち上がる壱。その際に、壱の服から白いサラシがゆっくりと落ちてきた。壱の胸に巻いていたはずのサラシである。 元々長身であったからか、本の数センチだけ伸びた足で二人に歩み寄り、今まで見たことがない程爽やかに、にっっこりと微笑んだ。 「覚悟は出来てるよなぁ…二人とも……?」 「「あ、」」 その表情が真っ黒になるのは、一瞬。 「まあ…七瀬さんが解毒剤くれるまで満喫しときますよ」 「そ、そっか……」 壱は胡座をかきながら椿が持ってきた紅茶をゆっくりと喉に通した。丸い机を挟んで椿も若干冷や汗を垂らしつつ紅茶をすする。ああ、おぼんにシミが出来ちゃったなぁと軽い現実逃避をしながら。 しかし現実は悲しくも逃避しきれない。椿の視界には部屋の隅に追いやられた血塗れの凛菜が映るのだ。正直言ってホラーである。 そんな凛菜の側には、彼女のダイイングメッセージなのか『男ダーリン萌え…ッ』と血の字で床に書いていた。 そして椿の横に座っている有紀は、頭にタンコブ5段重ねを作りながらも平然としてクッキーを食べている。椿はそれも気になって仕方ないようだ。 「で、何で有紀さんは俺等を呼んだんですか?」 壱がティーカップを置くと、皿とカップが合わさり音が鳴る。 有紀は頭にバッテンの絆創膏をタンコブに貼って、今思い出したように「ああ、」と呟き、何かを取り出した。 「これを皆でしようと思ってさ!」 有紀はバーンッ!!と自ら口で効果音を付けるが、いつものことであるし、興味は取り出された物にあったので、二人は有紀のブーイングすらもスルーした。 有紀が出した物はどうやらゲームのカセットケースのようで、パッケージは8つ円状に並んだ音符と真ん中に音、と書いているだけ。 それを壱が受け取り、説明が書いてあるだろう裏を向けた。 が、そこにはゲームの画像が乗っているわけでもなく値段や会社名が書いてあるわけでもなくただ達筆で『魔王を倒す王道RPG』とでかでか書いてあるのみ。 それを見て壱と椿は眉を潜めた。 「いかにもって感じだよな!!」 「何がっ!?」 脈絡のない有紀の台詞に、椿は頭を抱えた。主語がない、主語が。 「…こんな変なカセット、何処で買ったんですか?」 「買ったんじゃねーぞ?貰ったんだ」 「へ?誰に?」 「上から下まで黒スーツでグラサンかけて真っ黒なマスクした、多分カツラ被って若返ろうと努力してる兄ちゃんかもしれなしおっちゃんかもしれない人に」 「誰ぇええええーーーーーっっ!?!?」 まず兄ちゃんなのかおっちゃんなのかどっちなんだ、ハッキリしろ。と壱もつっこみたかったが、有紀につっこむという行動を取ると面倒なので口をつぐんだ。 しかしあまりにも胡散臭いので更に眉間にシワが寄ってしまったようだ。 そんな二人の反応が満足なのか再びケラケラ笑いながら有紀は話を続けた。 「いやぁ、この前さ。ふつーに学校から帰ってたらそいつが『アナタは神をー、シンジテマスかー?』って聞いてきてよ。 超越するって言ったらそれ貰った」 「それ変な団体の勧誘ーーーっっ!!!まず何超越って!?何する気!?」 「お前こそ何を言っているんだ椿!!世界を救った俺達なら次はそこを目指すべきだろう!?」 「そういう意味じゃねぇよお馬鹿ぁぁぁぁ!!!」 近所迷惑並みに大声で言い争いをする二人を横目に、壱はかなり怪しげなカセットケースを眺めていた。 一体開けていいものなのだろうか。壱の直感では「関わるな」と脳に指令が出ていた。 「あの二人はCP出来そうでできにくいのよね…!なんていったってどっちが攻めか受けか分からないものっ! ホントにあの二人の組み合わせは不思議だわっ!!」 「俺はお前が不思議でならねぇ」 いつの間に横にいたんだ、いやそれよりも何故傷が全快なんだ、やっぱりお前は正真正銘の地球外生物なのか、とぴっとり張り付く凛菜に無言で訴える。 しかし凛菜はかなりのポジティブシンキング。それが見つめられたと思い、きゃっ!と黄色い声を上げたので壱は容赦なく手刀を決めた。ほぼノーダメージである。 「とにかくっ!凛菜も起きたことだし、四人用みたいだから一緒にやろうぜ!! ゲーム出来て暇な奴等いなくてよー、中々四人揃わなかったんだー」 そういいつつ、有紀は椿の制止の声も聞かずカセットをゲーム機にセットした。そして嬉々としながらコントローラーを三人に渡し、電源を付ける。 椿は見た経験は無いが、恐らく変な勧誘のDVDに近いものだろうと思い呆れ半分でいるし、凛菜は男になった壱にいつも通りハートを飛ばし、壱はこれまたいつも通りに凛菜に再び手刀を決めている。 ゲームをやる気が無い三人に有紀はブーイングを出す。 そんな時だった。 「有紀!これなんかへ−」 「椿!?」 一瞬のうちに視界が全て白になり何も見えず、自身に何か言おうとしていた椿の言葉――音さえ遮断された。 ドサリ。誰のコントローラーであろうか、落ちた持ち主はいない。拾う者も部屋にいない。 ただただ、開いた窓から風が吹き、無人の部屋に四つある紅茶に波を立てているだけ。 否、だけではなかった。 《Welcome to melody world!!》 暗闇の画面に白い文字、そして響くゲーム機の起動音。 それは誰も聞いていない、旅の始まりの合図音。 → back |