金城くんに話を聞いてもらった後、晩御飯を食べて、金城くんのアパートのリビングに布団を敷いて眠った。
隼人と付き合っている期間が長かったから、いままで隼人以外の男の人の家に泊まったことはない。隼人が嫌がるとかそういう理由ではなく、私が嫌だった。
隼人の恋人は私で、私の恋人は隼人だ。他の人のものじゃないから、他の人のものだと思われるようなことはしたくない。それが伝わっていたのかはわからないけれど、隼人もそれゆえの行動をよく思ってくれていたようで、私が男の子を含めた友達数人と遊びに行くと話すと、いつも柔らかく笑って「楽しんでおいで」と言ってくれたのだった。

金城くんが大学へ行くのと同時にアパートを出る。ほんのお礼として、近くのカフェで朝食をご馳走した。手作りを出す勇気がなかったと言うのもあって選んだわけだけど、金城くんは冗談交じりに「それこそ新開に殴られそうだ」と笑った。

帰りの新幹線まではまだずいぶん時間があった。近くに大きなショッピングモールがあると聞いたからそこで時間をつぶそうと思ったけれど、どうにも気持ちが落ち着かない。
こういう場所はいつも隼人と来ていたからだろうか。ぽっかり空いた隣がやけに寂しい。雑貨や服を見てまわって、これかわいいよねと指を差すと「本当にそういうの好きだな」とあきれたように笑うのだ。そこで私は前に同じようなものを買った事に気づいて、自分の趣味の偏り具合に苦笑する。
「なまえの趣味はわかりやすいから、プレゼントとかしやすいよな」と隼人は言う。私は毎年頭がちぎれそうなくらいに悩んでいるのに。一度そう言ったこともあったっけ。
隼人の趣味はなんとなく把握しているつもりだけど、やっぱり男の人だから女の私ほど装飾品にこだわりがあるわけでもなく、どちらかと言うと実用性を重視するタイプだ。そうなれば自転車のアクセサリーとか補助品とか、乗らない私にはわかるわけがなくて。
たくさんの、できるだけ自転車に乗る人に相談した。補給食ひとつだって私にはこだわりがわからないから。隼人は私にいろんな面を見せてくれるけど、やっぱりまだまだ私が知らない面は多いわけで。だから、私の知らない隼人の話を聞いて隼人が本当に欲しい、もらって嬉しいと思ってもらえるようなものをプレゼント使用と思っていた。
だけど、最終的にはみんな口を揃えて「恋人が選んだものならなんでも嬉しいと思う」と言うのだ。一生懸命頭を悩ませて、それで毎年ひねり出したプレゼントをよく使ってくれていることをみんな皆知っていた。恥ずかしいけれど、隼人は周りの人に私の話をいっぱいしているのだ。これはなまえが去年くれたやつで、ってハンカチとかペンを自慢してくれる。
そんな話をしながら、「本当になまえさんのことが大好きなんですね」と泉田くんも照れくさそうに言っていた。


「隼人……」


ねえ隼人、私、今すっごくあなたに会いたいです。
余計な事を考えなくてもよかったんだ。変な小細工をしなくても、隼人は私のことを好きでいてくれた。私がすることを全部嬉しいって受け止めてくれていた。
隼人のお誘いをたくさん断ったこと、怒ってるかな。もう私のことなんて好きじゃなくなっちゃったかな。
だけど、最後に一度だけでもいい。一ヶ月の準備なんて無駄だったかもしれないけど、私のこの気持ちは本当で、それは全部隼人のために……隼人が生まれたこの日を盛大にお祝いしたくて。

世界中でひとりだけの、新開隼人の恋人としてあなたをお祝いしたくて。


そう願っていたからだろうか、少し早めに駅のほうへ向けた足が吸い寄せられるようにふらっと立ち寄った雑貨屋さんで、見るはずもない姿を目にしてしまった。
昨日突然やってきた私が言うのもなんだけど、静岡と東京って決して気楽にいける距離ではないのに。
紅茶の箱をレースシートで飾られたテーブルの上へ乗せ、一歩後ずさった。幻覚を見ているのではないかと、何度も瞬きする。
強く握った手に爪が食い込んで痛くて、これは夢なんかじゃないんだって体全体が理解をした。それでも私ののろい頭は追いついてこなくて、雑貨屋さんのつるつるの床がヒールとぶつかって音を立てる。

「…はや、と?」

確かめるように呼んだ名前が、しっかりと伝わったのがわかった。「久しぶりだな」と数日振りに直接聞いた声は少し掠れていて、酔いの翌日の朝の声にとてもよく似ている。
お酒、飲んでたのかな。震えるつま先が自然と内を向いて、不安から握りこぶしを胸に抱えた。
少し下がった眉が私に何を伝えようとしているのかなんてわからない。店内にはほかのお客さんもいるのに、二人きりになった気分だった。

「隼人」
「なまえ」

どっちの名前を呼ぶほうが早かったのか、いや、もう同時だったかもしれない。
何を言うでもなく二人連れ立って店を出る。自然に向いた足は駅の方向へ進んで行き、気がつけば静岡駅行きの電車に乗っていた。
静かな車内で、話す言葉は何もない。仲違いをした恋人同士のはずなのに、その静寂には少しも違和感や気まずさはなくて、二人でデートをしているときと何も違いがないように感じた。

『次は―――』

車内アナウンスが駅名を告げる。静岡県民ではないから当然その名前になじみはなく、小さな駅なのだろうか、車窓から見えた駅はがらんとしていて人が一人もいなかった。

「降りるよ」
「え?」

隼人一人ぶんの体重が椅子から浮いて、少しだけばねが跳ねた。
手を引かれているわけでもないのに引きずられるようにして、私も電車を降りる。無人駅というわけではなさそうなのに、平日の昼間というせいもあってか駅には私たち二人しか立っていなかった。
こんなところに何の用なのだろう、少し色あせた自動販売機はあるけれど、売店すらない駅なのに。背中を向けたままの隼人の頭を見上げ名前を呼ぼうとしたときだった。
懐かしい、すぐにそう感じた。背中に回る腕の感覚も、屈んだせいで曲がった腹部も、耳に当たる髪も、確かめるような指の動きも。
抱きしめられていると気づいて、驚く前に反射のように同じように手を背に回す。より強くなった抱擁を邪魔するものはこの半無人駅には何もなくて、ああそうか、となんとなく納得した。
きっと、私も隼人も、同じ気持ちなんだ。

「なまえ、ごめん」
「……謝るの?」
「ああ、全部謝る。お前のことを疑ったこと、気持ちに気づいてやれなかったこと、別れようとか言ったこと、全部」

謝罪の言葉を聞くのが辛かった。ごめんと言われるたびに顔を横に振ると、隼人の髪が耳と顔の横を何度も掠る。
謝ることは私にだってたくさんあるのに、隼人は何も言わせてくれなかった。オレが悪かったんだって全部一人で納得しようとして、そういうところが長男なんだろうなあと思う。
隼人は普段から、兄貴振ろうとするところがあるのだ。そういうのは主に後輩や実弟に向けられて、ときどき同級生にも、恋人の私にまで降りかかる。
だけど私は妹とかそういうのじゃないのに。恋人だから、対等で、いやなことも悪いことも全部一緒に受け止めたいのに。

「隼人、あのね」

私、あなたに言いたいこといっぱいあるよ。何であんなこと言ったのとか、疑ったってどういうこととか、金城くんの家に泊まってごめんねとか、どうしてここに来たのとか。
それから、包丁の使い方が少しは上手くなったよとか、花屋さんでお花を買って少しは女の子らしくなったよとか。
私がお祝いしたかった気持ち、全部貰ってくれるかな。プレゼントも用意してあるの、キーケース、大学入ってからずっと同じの使ってたから。もうしばらくで社会人になるんだし、いいの使って欲しいなって思ってちょっと奮発したの。
隼人がキーケース使うのって家の前くらいだから、一緒によく家に行く私くらいしか、キーケースが古くなってきてたの気づかなかったんじゃないかなあ。こういうのって、恋人の特権だよね。私、やっぱり私が知らない隼人より、私しか知らない隼人のことをずっと見ていたいの。だからお願い。

「誕生日、おめでとう」

この先もずっと、お誕生日をお祝いさせてほしいな。





140728

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