隼人のクラスの教室の端で、パックの緑茶を啜る。隼人も同じようにして、バナナミルクを啜っていた。
二人の視界の中心にあるのは仲睦まじい男女で、賑やかに笑い合っている。
仲睦まじいとはいうがあの二人の関係はカップルやお互いを男女として意識しているものではない。飽くまで友人であり、そこに恋愛感情は存在しない。
なぜそう言い切れるのかといえば、男には一つ下の小柄で愛らしい恋人がいて、女にも同い年の恋人がいるからだ。
その恋人が、今オレの隣でバナナミルクを啜っている男なのだが。

「なああれ、いいのか?」
「ん?なにが?」

あれ、と指差したのは二人の男女だ。同じアーティストが好きでノリも合うためか、隼人と付き合う前からよく一緒にいる姿を見かけていた。
友達だから、と言ってしまえばそれだけかもしれないが、それで割り切れるほど年頃の男女は懐が広くない。
彼女が友達とはいえ、別の男と親しげにしていれば少しは気を悪くするものではないのか。
オレは周りの人間が一線引いてしまうほど美しいこの容姿のせいもあってか恋愛経験は豊富とは言えないが、それくらいはわかる。あの荒北だって、フクだってわかるだろう。
隼人の彼女がベチンと強く男の背を叩く。痛いと文句をつける男を見ていたずらが成功した子供のように笑う彼女を、隼人は少し唇に弧を描いて見つめている。
オレはそれがわからなかった。

「嫉妬しないのか?」
「しないわけないだろ?メチャクチャイラついてるよ」
「…そうは見えんぞ」
「許容範囲ってだけさ」

ズズズと隼人のパックから、綺麗とは言い難い音がする。
飲み終わったのだろう。パックを解体するために端の折れ目を押し上げ、ぺたんと潰した隼人は、パックと一緒に購買で買ったパンが入っていたビニール袋にそれを押し込んだ。
本来、パンを買ったくらいじゃ購買はビニール袋を出してくれないが、隼人のは両手で抱え切れる量ではなかったのだ。並ぶ手間を減らすためにオレの分も一緒に買ってもらったとはいえ、多すぎだと思う。
ビニール袋の中には既に食べ終わったパンの袋やらソーセージパンの棒やら、残骸がパックと共に詰め込まれている。
オレがこの緑茶を飲み終わったときのためにか、隼人はそのビニール袋の口を縛らないまま、オレと隼人の間にある机に置いた。

「あ…」

少し視線を外していたうちに、男女は身を寄せていた。
女が男にイヤホンを片耳分差し出していて、そのイヤホンは女のスマートフォンに繋がっている。
PVでも見るのか、スマートフォンを横に倒して二人はその画面に夢中になっていた。
いくらなんでも、距離が近くないだろうか。しかもイヤホンを半分こって。
恐る恐る隣の男を見上げるが、表情に変化はない。感情の読めない瞳の奥で、隼人は何を考えているのだろう。
オレは一度荒北に「お前の目、何考えてるか全然わかんねェし怖ェヨ」と言われたことがあるが、隼人だってそうだと思う。じっとりとした大きな瞳は一見垂れ下がっていて優しげに見えるが、よく見れば深く奥の方が濁っていた。
だからこそ勘繰ってしまうのだ。飄々とした表面の裏に、黒い感情を飼っているのではないかと。

「隼人、本当にいいのか。お前は恋人なのだからワガママを言ってもいいのだぞ」
「尽八が何を心配してるのか知らないけど、オレは嫌なときはちゃんと嫌っていうよ?」
「……なら、いいのだが」

これだけ見せつけられておいて、これ以上何を嫌なことがあるというのだ。
目の前で手でも繋がれれば怒るのか?それとも、抱擁でも交わせば?キスすれば流石に怒るんだろうな。
そう思っていたときだった。彼女の手が背中をさっきと同じようにして叩こうと大きく振りかぶられる。
それを男が阻止するように片手で彼女の手をガードするように制した。握ってなどいない。腕を腕にぶつけて、動きを止めただけだ。さっきまでのイチャイチャっぷりと比較すれば、大したことはない。
だから、隼人がガタンと音を立てて椅子から立ち上がったときは肝が冷えた。

「あ、隼人!」
「やあ、おめさんら何を聴いてるんだ?」
「えっとねー」

ずんずんと二人に近づいていった隼人は近くの机に手をついて体重をかけると、もう片方の手で優しく彼女の髪を撫でた。
スマートフォンの画面を見せてくる彼女に顔を寄せ、その中を覗き込む。二人の好きなアーティストの新しいPVだったのか、隼人はああこれかと納得の声をあげていた。
どうやら動画サイトにアップロードされているPVで初公開の楽曲のようで、それを二人で聴いていたらしい。
三人でスマートフォンの小さな画面を見るために身体を近づけているのは窮屈そうだが、女は屈託無く笑っていた。隣の隼人がどんな顔をしているかも知らないで。

「ん?」

何かを二人に話した男は、唐突に姿勢を戻したかと思えば手を振り、その場を離れた。
用事があるのだろうか。昼休みは残り10分といったところで、どこかにいって帰ってくるのには少し足りないだろう。
その足は廊下へ向かうのかと思えば、予想外にも数秒後にはオレの隣、もともと隼人が立っていた場所にあった。

「あー怖かった」
「どうしたんだ、用があるんじゃなかったのか?」
「いやいや、逃げてきたんだよ」

逃げてきたと言う割には明るい表情の男を覗き見る。なるほど、顔は笑っているがうっすらと冷や汗をかいていた。
怖えよな、と見つめた先には、仲睦まじい男女。だが今度は、きちんとそこに恋愛感情が存在する。正式なお付き合いをしたカップルだ。

「新開のヤツさ、みょうじがオレになにしても怒んねーのにオレがなんかしたらすぐ怒るんだぜ」
「ほう」
「だからあいつにはあんまり触んねーようにしてたんだけど、今日は油断してたわ」
「なるほどな、納得がいった」
「沸点変だろ?イヤホン半分こはいいのに、腕当たるのはダメって。まあ、幸せそうだからいいけど。お前も気をつけろよ、東堂」
「重々承知しているよ」

中庭や食堂に出ていた生徒が帰ってきたのか、人がまばらだった教室が徐々に騒がしくなってきた。
そろそろオレも教室に戻らねばと男に手を振り、最後に隼人と彼女の姿を一瞥すると、隼人は彼女の腰に手を回しぎゅっと近づけてスマートフォンを彼女に向けて持っていた。

「…うむ、仲がいいのは良いことだな」


140517

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