犬というのは賢い生き物だ。従うべき人間を見極め、懐いて愛嬌を振りまく。
友達のうちの犬を撫でながら、そんなことを考えていた。やはり犬は中型犬くらいが一番いいと思う。
大きすぎると糞がすごいことになるし、小さすぎるとすぐに死んでしまいそうで不安になる。
頭の上に手を乗せると、犬(名をあきちゃんと云う)は器用に鼻先を使い撫でて欲しい場所に私の手を導く。
そこを毛を掻き分けるようにわしわしと撫でると、嬉しそうに目を細めた。うん、やっぱり可愛い。そして賢い。

「お前はこんなに賢いのに、飼い主は馬鹿だねえあきちゃん」

わかっているのかわかっていないのか、頷くように顔を動かしたあきちゃんを力いっぱい、今度はがしがしと撫でてやった。
あきちゃんの飼い主である荒北家の長男坊、靖友は今頃校舎裏(うちの中学の告白定番スポットだ)で愛の告白でもうけているのだろうか。
「なんか果たし状もらったんだけどォ」と昼間になって突然荒北に隠すように見せられた封筒は、紛れもないラブレターだった。
荒北靖友くんへと可愛らしい丸字で綴られた宛名、中には放課後校舎裏の木の前で待っていますと書かれたシンプルながらも小洒落た便箋。
これを果たし状と勘違いするとはバカかこの男。力いっぱい殴ると痛ェと怒鳴られたが、決死の思いで書いたラブレターを果たし状と勘違いされるだなんて、その女の子の方が知ったらきっともっと痛い思いをする。もちろん心の話だが。
その子の代わりに殴ってやったのだと言えば、暴力女とぼそりと呟かれたが、聞こえなかったことにした。いや、聞こえなかったことにしてあげた。
渋る荒北の背中を押し、指定の場所へと無理矢理連れて行った。校舎裏の木ってどこだよいっぱいあんだろと言っていたけれど、うちの中学で校舎裏の木と言われれば差される場所は一箇所しかない。一際大きな桜の木だ。あろうことにもこいつはここが告白スポットとして有名なことも知らなかったのである。

荒北を校舎裏に押し込んだ後、私は問答無用で荒北家に上がり込んだ。もちろん不法侵入なんかではなく、荒北家の長女次女には許可を取ってある。懐かれているので、「あきちゃんも喜ぶよ!」と快く家にあげてくれた。
長女次女と遊んだりあきちゃんと遊んだり宿題を見てやったりしているうちに、時刻は6時を過ぎていた。そろそろ部活を終えた荒北も帰ってくるころだろう。
と、思ったそばから玄関の開く音がした。無言で廊下を歩く足音を、リビングと廊下をつなぐドアの前に立ちはだかり待ち構える。
ドアを開けた荒北は私がいたことに驚いて半身を仰け反らせた。そのすきに「帰ったらただいまって言え」と怒鳴りつけると、小さな声で「ただいま」と言う。おかえりと言ってやると、荒北は気まずそうに目線を逸らした。

付けっ放しのテレビの前のソファに二人ならんで座る。「どうだった」と尋ねると、荒北は右手で後頭部をガシガシとかいた。

「……告られた」
「なんて?」
「野球をガンバってる荒北クンが好きですーってヨ」
「普通だね」
「………」

やっぱり果たし状なんかじゃなかったじゃん、と肩を殴ろうとすれば、すんでのところでそれを避けられた。空を切った拳がなんだかさみしげだ。
「返事は」と言葉を催促すると、荒北はソファに置いてあったクッションを掴み上げ、膝を抱えてその間に挟み込んだ。
クッションのせいでくぐもった声が二人きりのリビングに響いた。

「振った」
「ふーん」
「……驚かねェんだな」
「いやだって、荒北別に彼女欲しいと思ってないでしょ、ボールが恋人でしょ。あと右手」
「っせ!あと右手とか言うな!」
「事実じゃん」

膝に収まっていたクッションを投げつけられ、さっきされたように避けると荒北は苛立ちが一層増したらしく、上の歯と下の歯を軋ませる。
荒北はエリちゃんみたいな子が好きだもんねえと荒北の部屋のベッドの下にあった雑誌の表紙を飾っていた女の子の名前を口にすると、顔を真っ赤にして睨んできた。

「いつの間に見たんだヨ」
「去年の夏休み。課題写させろって言ってたとき」
「…チッ」
「私が来る時は片付けるんだね、これからは」
「呼んでなくても来るだろーが」

その言葉には敢えて返事をしなかった。
話を戻す。「どんな子だったの?」と聞くと、普通のヤツと言われた。どうやら知らない子だったらしい。知らない子に告白されるなんて、荒北も色男になったもんだ。まあ、荒北と親しく喋る女子なんて私くらいなもんだが。

「髪型どんなの?」
「ポニーテールにしてたなァ」
「目は?二重?」
「奥二重っつーの、そゆヤツ」
「おっぱいはでかかった?」
「見てねーヨんなもん!つか、そんな気になんなら一緒に来ればよかったダロ」
「やだよバレたら面倒だし」
「………」

とんとんと二階から階段を降りてくる足音が二つ聞こえる。
長女と次女だ。リビングに入ってきた二人は、「兄貴帰ってきてたの?」「てか着替えてよ制服土まみれなのにソファ上がらないで」と酷い言いようである。ソファ上がらないでについては、尤もだと思うが。

「でもさあ」

妹にボロクソ言われ、風呂にでも入ろうと思い立ったのかソファから立ち上がった荒北を見上げる。
私の言葉を待つ、私を見下ろす荒北の顔はどこか間抜けで幼く見えた。
……こんなやつのことをカッコいいと思う女子が現れるだなんて、世も末かもしれない。

「荒北その女子と付き合わなくて正解だと思うよ」
「何でだヨ」
「荒北が野球やめたら、その子は荒北から興味をなくすだろうから」

びしっと指をさして言えば、荒北は狼狽え目線を彷徨わせた。
荒北と野球は切っても切り離せない関係だ。小学校に上がる前、それこそ所謂『物心がつく前』からグローブをはめてボールを握っていたのだ。
そんな彼が、野球を辞める日。
きっと自ら辞めることはないだろう。大敗したとしてもヤケになるようなやつじゃない。それをバネに、バカみたいに練習をするのだ。そして負けたやつには二度負けない。そういう奴だ、荒北は。
だけど…そうだな、例えば…練習のしすぎで肘を故障する、とか。そういう日がくればもしかすれば、荒北は野球を辞めてその女子も荒北から興味をなくすかもしれない。

「……オレが野球やめるわけねーだろーがバァカ」
「ま、そうなんだけどね。野球バカだしね。バカ。」
「バカって二回言うんじゃねェ!」

荒北がガニ股でバスルームへ歩いていく。その背中を見つめながら、もしもまさかの日がこなければいいな、なんて祈ったりした。

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