なんともいえぬ気怠げな感覚の中、ゆっくりと瞼を開いた。
どこか肌寒く、白いシーツの感覚は自室のものよりもざらりとしている。
ここが『家ではない場所』と気づき、頭が一気に微睡みから覚醒する。
よく周りを見れば薄暗い照明に小さな窓から光が差し込んでいて、床には布が多数散乱していた。そこで自分が衣服を身につけていないことに気づき、肌寒さの理由を知る。
のっそりと重い体を起こそうとして、何か硬いものが腹に巻きついているのに気づいた。
自由になっている左腕で申し訳程度にかかった薄いシーツを持ち上げると、そこには何にも包まれていない自分の身体と、それに巻きつくようにして抱きついている太い腕がある。
腕の正体を見ようと半身を捻じるが、きつく抱きしめられているせいで顔を見ることができない。だが、ほんの少し視界に入った赤茶色の髪で『この腕が誰のものなのか』を悟ってしまった。

「…新開?」
「ん…なまえ」
「おい、起きろ」

腕を叩いたりつねったりしても、自分の身体をホールドする力が弱まることはなく、寧ろだんだんきつくなっていって、腹が締まってしまいそうだ。
離せ離せと暴れると肘が顔面に入ったらしく、新開は呻き声を上げてから身体をもぞもぞと動かす。その動きに任せて腕の力が緩み、その隙にそこから脱出した。

「はーっ…なにあんた」
「ん…」
「寝てんのかよ」

ベッドからは降りないまま、新開から距離を取る。
裸の身体を隠すために胸元にシーツを引っ張れば新開の身体も露わになったが、下半身だけは見るまいとそこだけめくれあがらないようにと掛け直した。
寝ぼけているのか、新開の目が開くことはない。いつも距離の近い目と眉が、気持ち離れていて幼く見える。
薄く開いた分厚い唇も、見る人から見ればエロいのかもしれない、が、私には新開に欲情するような趣味はない。逆は、知らないが。
床を見ると、服らしき布以外にも色んなものが落ちていた。
引きちぎられたネックレス、かばん、ケータイ、…使用済みの避妊具。
せめてゴミ箱に捨てろよ、とは思ったが、少し固まり始めたそれを今更拾ってゴミ箱に捨てるなんて気は湧かなかった。
しかも、一つじゃない。幾つか重なっていてわかりづらいが、いま見ただけで5つはある。何回ヤったんだ、これ。元気すぎじゃないのか新開隼人。
それから、ネックレスに目をやった。デザインは大して好みじゃなかったのに、お気に入りだったそれは、無残にもチェーンが引きちぎられていて、パーツが幾つか転がっている。
ピンクゴールドなんて自分に似合わないくらいかわいらしい色を身に着けていたのは、他でもない彼からもらったからだ。そう、昨日の夜盛大に浮気を見せつけて、お別れを告げられた、あいつ。
…思い出してきた。確か、振られて荒れに荒れた私はそのまま適当な居酒屋に入ったんだ。
とにかく酒が飲みたかった。飲んで酔って忘れたかった。元々強い方ではなかったし、飲み過ぎで友達に迷惑をかけることが多々良くあったのにこんなことをしていたのは、もう自棄としか言いようがない。
一人居酒屋のカウンター席で酒を煽る私に酔っ払いが絡んできて、適当に話してて、そこで声をかけてきたのがたしか新開だ。部活の飲み会かなんか、って言ってたような。後ろには福富もいたと思う。
そこからは曖昧だ。部活の集まりがお開きになったとこだった新開が私の隣に座って、散々愚痴って泣いて、気がついたら…こうなっていた。

「いくら行きずりの相手とはいえ、新開を選ぶことないんじゃないのかなぁ…」

これなら、適当にその辺で声をかけてきた知らない男の方がまだマシだ。
一夜の過ちの相手が新開って。高校時代の友達って。他にも共通の友達はいるのに、どう説明すればいいんだ。

「んん…」
「あ、おきた…?!」
「……なまえ?」

新開がその大きな身体を起こし、眠たげに目を擦る。
そのせいでずれたシーツ、主に見えそうになっている下半身から咄嗟に目を逸らした。が、新開は気づいていないらしく直す気はなさそうだ。
シーツ!と指を指すと、ようやく気付いたのか、雑な手つきで腰までかかるようにシーツを持ち上げる。それから、「昨日散々見たのにな」、なんて呟きやがった。

「酒入ってたから、しかたないじゃん…いまは素面だから、無理」
「意外とかわいいとこもあるんだな」
「うっさいだまってて」
「昨日も可愛かったけどな、早く早くって言ってさ」
「マジで黙ってて!」

余計なことを言う口に、二人用なのか、馬鹿でかい枕を投げつけた。
ひょいとかわされたそれはベッドを超えて床にぼすんと間抜けな音を立てて落ちる。ニヤリと笑った目の前の男がうざい。

「と、とにかく…その、まあ、あれ…さ、酒入ってたし…失恋したショックで、あれだから…」
「ん?」
「だ、だから、特に変なこと、考えなくていいから!責任とか付き合うとかそういうこと!あんたどうせ彼女いるんでしょだったらとっとと服きてホテル出よう!」

後半はもう一息で言い切った。いつかのだれかみたいに人差し指で差してやると、新開はきょとんとして大きな目をさらに大きくさせていた。
私の言うことがわからないわけではないだろう。暫しの沈黙の後、「シャワー浴びるから」と立ち上がろうとすれば、視界がぐらりと歪んだ。

「っと、」
「?!」
「立つのはキツいと思うぜ、昨日散々やったし…」

気がつけば新開に身体を支えられて、足の間にぺたんと座り込んでいた。確かに腰はずきずきと痛むし、それ以外の関節もなんだか痛い。
何回ヤったんだ、マジで。これは床で見えた避妊具の数だけじゃ足りない気がする。と、ここで新開側のベッドサイドに小さなゴミ箱が置いてあることに気付いた。遠目なためよく見えないが、間違いなくいくつか…入っている。

「昨日確か買ったのと置いてたのが全部なくなっちまってさ、それで仕方なくやめたんだよ」
「はあ?!使い切ったってこと?!」
「そうそう、ホテルのと別に自分でも買ってたんだぜ、オレ」

そんなことは聞いてない。というか、使い切るほどって。新開の絶倫具合に目眩がする。
とりあえず支えられているままでは肌が密着して精神的によろしくないのでと離れようとしたが、それは新開によって阻まれた。
先ほどよろしく後ろから腹に腕を回されて抱きしめられ、より体が密着する。新開の割れた腹筋が背中に当たるとか、なにより新開の新開が尻に当たってるとか、いろいろ言いたいことはあったがとりあえずは飲み込んだ。
どうかしたのかと後ろを見ようとすれば、そのまま回転させられて向かい合わせになったかと思うとどさりと身体が押される。
ベッドに身を預け新開を見上げ、ゴムもうないんじゃなかったっけ、と考えていた。まさか生では、やらないよ、な?

「なまえ、昨日オレが言ったこと…覚えてる?」
「へっ?!昨日?!」
「その様子じゃ、覚えてないよなあ」

新開は「ははは」と笑った。なにも面白くないのに。
とりあえずこの姿勢はまずいと思い抜け出そうとしても、今度は上手くいかない。顔を近づけてきた新開が首筋をすんと嗅ぐ。
昨日言ったことってなんだろう。思い出そうとしても、最中のこと、というよりはホテルに入る前後から記憶はぼんやりとしていて、思い出せそうにない。
まずそれはいつ言ったのかもわからないし、もしかしたら居酒屋でのことなのかもしれない。

「ね、昨日何…言ったの?」
「……………」
「新開?」

新開は首筋から顔を上げると、苦しそうに眉を潜めた後、私の上から退いた。
頭にはてなを浮かべる私をおいて、「シャワー、先借りるな」と全裸のまま地面に散らばった衣服を拾いつつバスルームらしきドアの奥へ消えて行く。

「なに、なになに…なんなの」

結局なんだったのだ。意味がわからない。
新開がなにを言ったのかは知らないが、新開のあの苦しそうな表情はただごとじゃないだろう。もしかしたら地雷を踏んでしまったのかもしれない。
取り残された部屋で一人、くしゃみをする。
そういえばまだ服を着ていなかった。シーツを引きずりながら、床に散らばった避妊具と零れかけている新開のアレに触れないようにしつつ、自分の下着やらを拾い、その都度身につけていく。
最後にスカートを拾い上げ、その下に自分のケータイが落ちていることに気がついた。
ボタンを押して画面を表示させると、着信が入っている。電話をかけてきたのは福富で、今日の朝だった。
シャワーの音から、まだ新開は出てこないだろう。番号を押すと、すぐに電話がかかる。3コールほどで、福富は電話に出た。

「も、もしもし?福富?おはよう…」
「ああおはよう、どうした?」
「どうしたって…朝着信入ってたから福富が用あるのかなーって」
「…そういえばそうだったな」

忘れてやがったのかこいつ、と思ったが、この時間帯だと練習をしていたのだろう。練習前に電話をかけて、夢中になっているうちに忘れてしまったというとこだろうか。
何かあった?と尋ねれば、「新開から」と口を開いた。電話越しの低音がくすぐったい。
福富にも新開のことで迷惑をかけてしまったのかもしれない。新開がなに?と聞き直せば、とんでもない言葉が返ってきた。

「新開から、告白はされたか?」
「っは?!」
「…されていないのか?」

されていないのか、と聞かれても、されたかもしれないしされてないかもしれない、としか答えようがない。
なにせ、覚えていないのだ。わかんないと素直に答えれば、福富は悩むようにそうかとだけ言った。

「ていうか告白ってなに?それなんか、新開が私のことすきみたいじゃん」
「…? そうだろう?」
「いやいや、そんな、え、いつから?」
「一年の頃からだな」
「はー?!」

ケータイを投げつけたくなる衝動を抑え、ぎゅっと拳を握りしめた。
福富のいう一年は、当然大学のではないだろう。私たちが知り合った高校一年生の頃、ということになる。
というと少なくとも五年以上は前からというわけで。そんなことに全く気付かず私はいままで友達として新開と接していたというわけで。

「…てっきり気付いていたのかと」
「気づくわけないじゃん普通に!うそ!」

どうしよう!と声を荒げると、ドアが開いた音がした。
振り返ると髪を濡らしているが昨日の格好のままの新開がいて、「誰かと電話してるのか?」とさっきまでの表情が嘘だったかのように普通に話しかけてくる。

「ご、ごめん福富、新開戻って来た、あの、切るね」
「ああ、……そうだなまえ」
「なに?!」
「新開のことは、真剣に考えてやって欲しい。これは友人としての頼みだ。……では切るぞ」
「えっ?!あっ?!うん?!」

一方的に言われて、一方的に切られてしまった。
寿一か?と通話終了画面になったケータイを覗き込んでくる新開の髪から雫が滴り落ちてくる。
ばちりと合った目はいつも通りどこか感情が読めないような、何かを隠した色をしている。
五年前から、この目は私を見つめていたのだろうか。大学に入ってからも彼女がいたなんてことはきいたことがないが、まさか私のことを考えていたからなんだろうか。
いつも優しかったのは、私のことがすきだからだったんだろうか。

「ああああの、新開」
「ん?」
「わ、私…真剣に考える、から!」


「そりゃ、ありがたいな」


そう言うと、新開はいままでに見たことのないようなふんわりとした笑顔を見せた。



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