隼人がオレの教室の前で何かを片手に立ち尽くしている。
移動教室から戻ってきたばかりのオレが背後に立ち手元を背伸びして覗き込むと、隼人はこっちがびっくりするくらいに肩を跳ねさせ驚いたと言った。
隼人の手元にあるのはキラキラと光る飾りのついたヘアゴムだった。花の形にくりぬかれたそれは、窓から差し込む日光が当たるたびに光を反射して輝いている。
どこかで見たことがあるようなそれに「誰のだ?」と問いかけた。隼人はたまに寮で前髪を束ねているのを見るが、こんなファンシーなヘアゴムは持っていなかったはずだ。
オレを見下げた顔はすぐに朱色に染まり、言いづらそうに口をもごつかせる。その反応だけで、なぜか相手がわかってしまった。これは、

「みょうじさんだな」
「っ!尽八!」

ビンゴだ。思わず口端があがってしまう。耳まで赤くなった隼人は目線を逸らしながらヘアゴムを持っていないほうの手で口元を押さえている。壊れ物に触れるように優しくヘアゴムを掴んだ指先にはささくれひとつない。
隼人がみょうじさんを好いているというのは、オレたち自転車競技部3年の間では割と有名なことだった。誰かが言いふらしたわけではない、コイツがあまりにも分かり安すぎるのだ。
外に走りに行こうと校門を出れば寮へ戻ろうとするみょうじさんを目で追いかけ、食堂に行ったときに彼女の姿が見えれば彼女と友人たちが溜まっている机の近くに座ろうとする。
正直隼人の近くにいれば、1日で気づくくらいだ。熱っぽい視線を浴びせられたみょうじさんがそれに気づいていないというのも不思議なくらいに。
多分、隼人が彼女をストー…ゲフン、見ている間にそのヘアゴムを落としたか、どこかに置いたまま行ってしまったのだろう。普段彼女は髪を結んでいなくて、暑いときや勉強するのに邪魔なときに結ぶために腕にそれを通しているから。
立ちっ放しの隼人はきっとこれを彼女に届けたいものの、声がかけられないのだと思う。普段は飄々としているくせに、どうしてこう、好きな子の前になるとヘタレてしまうのか。直線鬼はどこへいってしまったんだと数ヶ月前のインターハイの様子を思い出す。あれくらい一直線にアタックできればいいものの、そうはいかないようだ。
隼人の腕を掴み、教室へ一歩踏み出す。「尽八?」と呼ばれた声を無視して、声を張り上げた。
オレに気づいた女子が「東堂さま!」と黄色い声をあげるので手を振って、オレたちに気づいたみょうじさんのもとへと歩いていく。
みょうじさんの隣に居た、確かオレのファンの女子が頬を押さえてはしゃいでいた。モテる男というのは罪だな!
オレに腕をひかれるがままだった隼人をみょうじさんの前へ突き出すと、みょうじさんは首をかしげる。この男、シャイもシャイなせいで好きな子に認識すらされていないのか?
硬直状態が数十秒続き、ああもうと隼人を睨み上げた。本当にヘタレだなお前は!この美形がここまでしてやったというのに!

「みょうじさん、君、忘れ物なんかしていないかね?」
「忘れ物…?」
「これだよ」
「あっ!」

隼人のヘアゴムを掴んだほうの手を取ってみょうじさんに見えやすくなるように持ち上げた。きらきらと反射した光がまぶしく、同じようにしてみょうじさんの顔がぱっと輝く。

「それ、わたしの!どうして…」
「隼人がな」
「あ、いや…」

オレにSOSを求めるんじゃないぞ隼人。
腰を叩いてやると、「さっき、図書室の自習コーナーに…忘れてて」と覇気なく言う。頬はもう真っ赤だ。かわいいヤツめ。
それを聞いたみょうじさんがにっこりと笑い、ヘアゴム…いや、隼人の手に手を伸ばし、ぎゅっと握った。隼人の身体が大きく揺れ、動揺が伝わる。

「ありがとう新開くん、これすごく気に入ってたの!」
「…なら、よかったよ。もう忘れるなよ」
「うん!」

せっかくならもっと話していけばいいのに、隼人はその後すぐに教室を出て行った。みょうじさんたちはオレの話をしているようだ。
隼人のうしろを追いかけると、走っていったのか廊下の一番端で壁に手をついて俯いている隼人が見つかった。覗き込むまでもなく顔は真っ赤だ。さっきの比にならない。耳を触るだけで熱そうだ。

「隼人…大丈夫か?」
「尽八、オレもう死んでいい」
「それはならんぞ」

こっちを見た隼人の顔はなんというか…すごかった。涙目にすらなっている。そんなに嬉しかったのか、ぐっと堪えた口元は自然とゆるんでいる。

「みょうじさん、オレの名前知ってた…」
「ヌオッそこからか!?」
「話したこと、なかったんだぜ」
「そりゃ…よかったな」

なんなんだこいつは。
この様子だと進展はまだまだなさそうだが、卒業までこの友人を気長に見守ってやることにする。それが、副部長の務めというものだ!


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