好きになってはいけない相手だとわかっていた。
お互いそんなことできるような関係でもない、いや、立場が同じでもいけなかったのは彼だったからだ。
他の誰かならよかったのに、私が選んだは他でもない彼だった。
好きになってしまったんだから仕方ないといまでは割り切れるけれど、少し前まではものすごく悩んでいた。
恋とか愛とか、そんなものを求めるような人ではないと。
私が想いを伝えたって断ち切られるだけだし、彼が面倒だと思えば命そのものから絶たれるかもしれない。
それでもこの想いは膨れ上がっていくばかりで、他の人を見ても「私が好きなのはあの人なんだ」と思わされるだけだった。
好き、そう伝えることすらできないのがこんなに苦しいとは知らなくて、バカみたいに若い子が好きそうな恋愛ソングなんか聞いて共感しちゃったりなんかして、病気だなあって涙を流して。
私も彼も普通の人間だったらよかったのに。私たちは血に塗れたマフィアで、彼は血も涙もないような人で。何人も人を殺してるっていうのに、それでも彼が大事で好きなんだと私の心臓は訴え続けていた。

中学の同級生に流されるようにいつの間にか組み込まれていたボンゴレファミリーで、私は『交渉役』をやっていた。
問題が起きたときの対応、取引をよりこちらが優位に進めるために口を使って相手を叩くのが私の仕事。元から口喧嘩だけは最強の不良と呼ばれていた彼にだって負けなかったから、こういう仕事をすることになるのかなと漠然と考えてはいた。まさかマフィアになるとは思ってもみなかったけどね。
それで、いろいろあって出会ったのが彼だった。最初は敵だったはずなのに、いまやこうして背中を合わせたり、守ってもらうことだってある。
非戦闘員の私だけで敵マフィアのアジトに突っ込んで話し合うなんてわけはないから、当然護衛がつけられる。それが彼だというだけで、私はどんな嫌な言い方をする相手でも言い勝ることができるような気がした。
六道骸、一度は殺し合った相手。それが、私の好きなひとだった。



その日も仕事が入っていた。お互い決定打に欠け、敵対とは言えないもののぴりぴりしていた関係のマフィアとの会合だ。内容は、ボンゴレの人間がそっちの人間に手を出したというがそれは本当なのか。だとすればどういうつもりなのか。「自分たちは友好を築こうとしていた」というのが相手の言い分だが、私はそうは思えない。これを理由にかこつけてドンパチやりたいだけだ。現に相手ファミリーには戦力を揃えるような動きがあった。それをボンゴレが見逃すわけがない。
幹部や守護者の殆どもそう思っている。ただ、ボスの沢田だけはそう簡単に判断するわけにもいかない。万が一そんな態度で出て、本当に相手が友好を望んでいたとしたら。ボンゴレがヤル気だと知られれば、本当にそこに漬け込んで刺しにくるかもしれない。
そこで、私の仕事が重要だった。いかに敵意がないと示しながら、相手が攻め込もうとするのをかわせるか。ついでに前々から問題になっていた事柄をはっきりさせてこいと。結構な無理難題だけれど、それをやるのが私なのだ。

予定通りスーツを着込み、マフィアらしく黒塗りの車に乗って敵地へと向かう。
中に通され早速会議室へと行こうとすると、「女性の方は」と目元の暗い女性に誘われ結構な趣味の広い部屋に通された。護衛として連れてきた霧部隊(沢田曰く、万が一のときにドンパチやるよりも逃げて本部へ戻ることを優先した上での選択だそうだ)の皆さんはまた別の部屋に通され、一時別れることとなる。
まあ相手に敵意があるかの確認はこの後だし、と思ったのが甘かった。最初から奴らは私を叩くつもりだったらしい。入った瞬間勢い良く閉められたドアの鍵がかかり、重い音が背中で鳴る。
振り返ったときにはもう遅く、武器を構えた女性が二人奥に立っていて、ドアを挟むようにしてまた二人の女性が居た。

「どういうおつもりですか、我々は話し合いをしにきたのであって殺し合いをしに来たわけではないんです」
「ええその通り、これは殺し合いではなく暗殺ですわ」

構えられ、向けられた銃口がシャンデリアの光を浴びて重く黒光りしていた。明らかに敵意を持って向けられたそれ、ここで発信機でも使うそぶりを見せれば即座に銃弾が放たれるだろう。
部屋の外から騒がしい音が聞こえだす。恐らく霧部隊の人たちだ。あの人たちは強いから大丈夫だろう。
しかし、私はだ。霧部隊の人たちは自分の周りを一掃できれば次に私を探しに来る。それまでに私が生きていられるか‥‥‥。

「無駄ですよ。彼らの場所とここは繋がっていないんです。無理矢理道を見つけたとしても、到着するのはいつになるやら‥‥‥」
「へえ、それは恐ろしいですね。ところで‥‥‥」
「おっと」

私が口を開こうとすると、カチャンと音を立てて銃口が改めて私に向けられた。これ以上喋らせまいとするように。
冷や汗が額から頬を滑っていく。それをスーツの袖で強く拭うように滑らせると、あからさまに動揺した私が面白いのか、女たちは口元を歪にゆがませた。

「あなたの口の達者ぶりはかねがね伺っておりますからね。ここでマトモに話を聞いて時間稼ぎをされるわけにもいきませんから」
「‥‥‥バレバレですか」
「当たり前です。我々のシナリオはこう、貴女と私たちは話し合いをしますが、貴女の出した横暴な条件にこれ以上友好を築くのは無理だと判断。断ると護衛班使って切りかかって来たので、応戦。その末に乱闘になり、貴女と護衛班は死ぬ‥‥‥」
「そりゃ、結構な設定ですね」
「ええ、ですから貴女にはここできちんと死んでいただかなくてはならないんですよ」

女の指に強く触れた引き金が、また小さな音を立てる。さすがにまずいだろうか、これで死んだら全ておじゃんだ。
いままでべらべらと饒舌に喋っていた女が、片手とともに声で合図をする。それを聞いた別の女たちも同時に引き金を引き、私はーーー




流石にこれだけ撃たれれば即死だと思った。ぐしゃりと崩れ落ちた私の体を見て、女が高笑いする。
だんだん遠くなっていくその笑い声が、彼女たちが私から離れていったからなのかそれとも私の意識が遠のいていったからなのかはわからない。
だけどただ一つ、手首についた腕時計の秒針がチカチカ光っていることに達成感を覚え、私はこれでよかったんだと意識を手放した。






「全く、派手にやってくれましたねぇ」

男は暗闇に立っていた。
元より赤かったカーペットが人の血を吸ってより深い色になっている。これがどんどん酸化して、黒くなっていくのだ。それまでには着かなければ、と骸は手首の腕時計を睨んだ。

「さぁ、案内していただきましょうか」
「ウッ‥‥‥」
「お願いしますよ、これ以上死人を出すのも嫌なんです。彼女の行動が無駄になってしまいますからね」

首を締め上げるようにして怯えだけを瞳に宿した男を持ち上げる。口をつぐんだ男の前で三叉槍を一振りしてやると、男は情けない悲鳴を上げて這いずるようにドアの方へ向かった。追い立てるようにわざと靴音を響かせるようにして歩くと、男は間抜けな悲鳴を上げる。廊下に血の跡を残しながらたどり着いたのはひときわ大きな扉で、普段はここで会合が行われているのだろうと察した。今回はどうなのだろうか。実際に形だけの会合は開かれたのだろうか。

「こ、ここです‥‥‥」
「‥‥‥ああ、そのようですね」

血溜まりの真ん中に横たわるスーツ姿の女、ちかちかと秒針の光る腕時計をしていて、顔は伏せられ血に濡れていてよく見えないがこれは紛れもなく彼女だ。
そう判断した骸は「ご苦労様です」と言いながら一瞬明るい顔を見せた男に勢い良く三叉槍を突き刺した。ここの連中は手ぬるい。僕が本当の殺しをみせてやりましょう、そう言わんばかりに、もう冷たくなった身体に刺し続ける。心臓、首、顔、いたる急所に何度も。

「こんなことをしている場合ではないですね」

流石に瀕死だろうか。いや、もう死んでいるかもしれない。
手袋を取り、汚れることを気にも止めず彼女の身体に触れる。まだ熱を持っていた。意識を失い体力の血液が流れ出していても、まだ生きてはいるのだ。

「間に合ったようですね」

幻覚でできる限りの処置を施すと、荒かった息は少しずつ整っていった。だが、失った血液は戻らない。手遅れになる前に連れ帰らなければ。片手で三叉槍を持ったまま横抱きにすると、ずっしりと腕に重みが応えた。意識がない人間とはここまで重いのかと左手の場所を探るように抱え直す。だらりと降りた腕を身体の上で組ませ、姿勢を整えてから歩き出した。
ドアを開けっ放しにしたまま、なまえと男の血液が滴る部屋を後にする。
屋敷を出る前に複数人銃を構えた女たちに会ったが、一瞥もせず殺した。兎に角、早く車に戻るとことに集中した。
大きく黒光りした、なまえが乗ってきたのと同じ車に乗り込み、広く作られている後部座席に身体を横たえさせる。こんなことなら、救護班を連れてくればよかった。そもそもあの話を聞いたとき、すぐに自分が向かえばよかったのだ。そうすれば今頃‥‥‥‥。





「お、起きた?」

猛烈な腹痛に叩き起こされるようにして目が覚めた。身体を包むのは優しい毛布で、まだ朧げな視界には白色がいっぱいに広がっている。
目の前で何かが大きく動いて、それが手だと気づくまで結構な時間がかかってしまった。
バットと刀を握り続け、出来ては潰れた肉刺の跡が残る大きな手のひら。誰のものかはすぐに分かる。奥に見えるさっぱりした短髪の男がにっこりと人のいい笑みを見せた。

「おーい、なまえ、オレのことわかるか?」
「う‥‥‥‥山本、」
「お!よかった、結構しっかりしてんな」
「い、いた‥‥‥‥」
「板?」
「いたみ、どめ‥‥‥‥」

呻きを上げる私を見て、山本は麻酔が切れたことを理解出来たらしい。ナースコールを押すとすぐに医務班の一人が現れ、麻酔を施してくれた。少し経った後、だんだん痛みが引いていく。痺れはあるが、さっきの激痛に比べるとなんてことはない。
落ち着いてベッドに身体を沈ませたまま、山本を見ると何故か嬉しそうに笑っていた。人が悶え苦しんでいたのがそんなに面白いかと問いかけると、「そうじゃねえって」と言いながらも笑みを崩すことはしない。

「生きててよかったな、結構ヤバイ状態だったんだぜ」
「へえ」
「骸の奴が血相変えて連れ帰って来たときはびっくりしたな」
「‥‥‥‥骸?」

そう、そういえばどうして私はここに眠っていたんだろう。
銃撃を受けたところまでは覚えている。ここで死ぬものかと思ったが、手首の腕時計に仕込んである盗聴器を汗を拭うふりをして作動させることができたから相手に『その気』があるのはボンゴレ側に伝えることができた。だからここで死んでも役目を果たせたことになると思っていたのだ。
ここでこうして生きていたのも、霧部隊の誰かが私を見つけて連れ帰ってくれたものだと思っていた。実際は霧部隊は霧部隊でも守護者様だったわけだが。

「なんで、骸が?」
「なんでってそりゃ‥‥‥‥あ、オレあいつ呼んでくるな」
「えっ?!ちょ、」

山本は私の問いには答えずに、はぐらかすように部屋を出ていった。誤魔化されている。
この部屋で一人になってから数分後、戻って来たのはニコニコとやっぱり笑顔を浮かべたままの山本と、その後ろに控えた骸だった。少し険しい顔をしていて、山本とは対照的だ。

「んじゃ、邪魔者は退散するのな」
「えっ?」
「よろしくやれよー!」

戻って来たかと思えばこれだ。すぐにいなくなった山本を右手だけが追いかけて、空に落ちる。広がった静寂に気まずさを覚え、ドアの前に突っ立ったままの骸に視線を投げかけた。
ちょうど骸も私を見たところらしく、綺麗なほどに視線が重なる。すぐにふっと外されたそれが余計に空気を重くして、誤魔化すように口を開いた。

「む、骸、座ったら?」
「‥‥‥‥ではそうさせていただきましょうか」

さっきまで山本が座っていたベッドサイドに設けられた椅子を指差すと、美しい動作で骸はそこに腰掛ける。
髪型はあんなだけれど、何をしても絵になる美形だ。つい見惚れそうになるのを頭を振って誤魔化し、上半身を起こそうとするとそれを片手で制された。

「まだ傷は塞がっていません」
「で、でも」
「折角僕が幻覚で一時的に塞いでいた傷をまた広げるつもりで?」
「‥‥‥‥」

そう言われてしまうと言い返せない。仕方なく掛け布団とともにベッドに収まると、「よろしい」と子供を躾けるように骸は瞼を伏せた。
そこらの女より長いまつげが強調される。惨いことを平気でする奴なのに、どうしてこんなに美しいのだろう。こんなだから私のような、悩める人間が生まれるのだ。好きになってしまう。身なりだけじゃない、彼は色んなところが彼の本性と反して美しかった。

「ごめんね、迷惑かけた…みたいで」
「ええ、結構な」
「……」

そこは社交辞令でも「そんなことありませんよ」とか言うところじゃないのか。ぐっと黙り込んだ私に、骸はクハハと独特な笑みを漏らす。嘲笑では決してないそれが少し嬉しい。
なんだか、ちゃんとした人間と話しているようだった。マフィアでも人殺しでも幻術士でもない、六道骸という人間と。

「あまりああいう無鉄砲な戦法は勧められませんね」
「一応、霧部隊の人を連れてってたんだけど」
「離れては意味がないでしょう。何故別れるところで抵抗しなかった?」
「大丈夫だと思ったの!」
「詰めが甘いです」

返す言葉もない。弁論や説得になるとぽんぽん言葉は出てくるのに、こうして一人の人間として話しているとまととな反論が一つも出てこなかった。
いや、返すつもりもなかったのかもしれない。私はきっと、骸に怒られることを望んでいる。叱られるだけでもいいから、彼と話していたい。そう思っているのが人間の私だ。ただのエゴ、好きな人と話したいなんてかわいいわがままじゃないか。

「で、でもちゃんと証拠は取ったよ。だからあのまま私が死んでも、あっちには攻め込めた。私の死は無駄じゃな…」
「僕は無駄とか無駄じゃないとかそういう話をしているのではありません。ボンゴレがどうなろうと興味はない。貴女の身を案じてさしあげているんです」

貫くような言葉だった。
まるで私を心配しているような口振り、勘違いをしてはいけないとわかっているのにしそうになる心臓が騒がしい。
これはボンゴレに捧げたはずの臓器なのに、まだ一人の人間として動こうとする。それは彼を好きになった日からで、やはりこの身が朽ちるまでやめられないのかもしれない。

「骸?」
「貴女がどう思おうが関係ない。もしもボンゴレのために自らの身体を、精神を無駄にするというのならば僕が全力を持って阻止しましょう」
「……ごめんなさい」
「分かれば良いのです」

世界で一番優しい表情を見た気がした。謝った私を愛でるようなその目、薄く歪みを得た唇には彼が背負ってきた負のものは何ひとつなくて、今この瞬間だけは私たちはひとりひとりの人間なんだと思いたくなってしまった。




140829
(細かいところはふわっとかいたので例の如くスルーでお願いします)

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