「結構前から気になってたんスけど、みょうじさんと泉田さんって付き合ってるんスか?」
「は?」
「いや、仲良いし」

そもそも、見た目も中身も動物というか肉食の獣のようなこの男から恋愛絡みの言葉が飛び出してくるなんて予想もしていなかった。驚きに口を開けたままにした私を存外つぶらな目で見た銅橋は何も変なことは言っていないと言う風だし、何を考えているのか全くわからない。
小さな坂とどこまでも続くような長い平地直線のコースを選んだ外回りから帰ってきたスプリンターたちにドリンクを渡す途中、最後に渡した銅橋に捕まったかと思えばこれだ。次にドリンクを渡す人がいるわけではないから「忙しいから」と逃げることも出来ず、質問への回答をマトモに求められる。銅橋のデカい身体には威圧感があって、相手にその気はないんだろうけれど答えろと圧倒されているように感じた。

「いやぁ……付き合ってはないけどね、ていうか、多分泉田真面目だから部内恋愛とか無理そー…」
「つーことは、みょうじさんにはその気があるって」
「そういうわけでもねーから」

狼狽えそうになったのを抑え、きつめに言葉を返す。適当なこと言ってないで休憩しなさいよ、とガチガチに固まった肩を気持ち強めに叩くと、銅橋は渋々といった風に引き下がった。
荒々しくて短気な男だけど、誠意を持って対応する相手には素直なので私には割と懐いてくれている。まあ一番懐いているのは同じスプリンターの泉田かもしれないけど……。

泉田の方を見ると、泉田は泉田で新開先輩に絡んでいた。スプリンターというのはどうしてこうも縦のつながりが強いのか、先輩後輩同士で仲良さげにしているのをよく見かける。
特に新開先輩は面倒見がいいのもあって、後輩には結構慕われている方だった。そんな新開さんに懐いている後輩の筆頭が泉田だ。やっぱり猪突猛進なところがあるから、憧れる人がいると強くなりやすいんだろうか。
走っているときはきりりとした表情で真っ直ぐ磨かれた槍のように誰よりも速くどこまでも進んでいくのに、今の泉田はまるで飼い主にじゃれつく犬だ。新開さん新開さんって、確かに新開先輩がすごいのはわかるけどギャップがありすぎじゃないの。まあああいうのも嫌いじゃないけど……。

「嫌いじゃ、ないけど?」
「どしたんスか」
「い、いや……なんでもない」
「え?もしかして体調悪いんじゃ」

思わず自分へのツッコミを口走った私に、その怪力でドリンクボトルを握り潰した銅橋がぬっとその巨体を縮めて顔を覗き込んでくる。
私が妙なことに気づきかけたことに気づきかけた銅橋は野生の勘でも働いているのだろうか。そっち方面は荒北先輩の方が強そうだけど、こいつもなかなか…とは思ったが、どうやら体調不良かなにかと勘違いしているらしい。色々雑なやつで良かったと安心した。が、そうじゃない。
馬鹿デカいなりに似合わずオロオロし始めた銅橋に「大丈夫だって」と片手を開いて翳したが関係ないとばかりに心配してきて、今更変なことを自覚しそうになったなんて言えず、言ったとしてもまたそのネタで話を引っ張られるだけでどちらにせよ面倒になるのは見えていた。
適当な人が通りかかればそいつに話題をふっかけて逃げられるのに、こういうときに限ってみんな端に固まって休憩している。銅橋とそれなりに仲のいい葦木場あたりが通れば完璧なのにそれは叶わず、目立つ体躯をした葦木場もまた端で黒田にど突かれていた。おのれ黒田。
目を細めて周りをキョロキョロ見ていたのがより不審に映ったのか、銅橋はより心配そうに私を見ていた。保健室に行きましょうとか言い出した銅橋に心の中で余計なことすんじゃねーと悪態をついてもときすでに遅しであった。

「なんか顔赤いっスよ」
「いやいやいや、なんでもないって」
「やっぱ休んだ方が、スイマセーン泉田さァん!」
「あっばか!!」

新開先輩と楽しげに(楽しげなのは泉田だけで、新開先輩はいつも通りふよふよしていたが)会話していた泉田がそれを止めてこちらを向く。銅橋の声は無駄にでかいからもちろん関係ない人の耳にも届いて、みんながなんだなんだ私の方、いや銅橋の方に注目した。声の主が銅橋だと気づいてなんだ銅橋かと視線を戻す人もいたが、それでも依然集まっていることには変わりない。
身体を縮こまらせていると新開先輩に何か一言おいてからその場を離れた泉田はずんずんこちらに進んできて、うわあどうしようと逃げようとした私の肩を銅橋ががっちり掴む。アホか馬鹿力。肩が折れるわと思ったけれどそれなりに加減はされているらしく、きつくはあるが痛みは走らない程度だった。いやいや、そうじゃない。なんで泉田呼んだんだ。なんで捕まえるんだ。

「どうした?」
「泉田さん、なんかみょうじさんが体調悪いみたいで」
「そうなのか?熱は」
「いやいや、ないからね。銅橋が適当に言ってるだけ、ぜんぜん。むしろ元気な方だから。あははは」
「でも顔赤いよ」
「そりゃこんだけ暑けりゃね!夏だからね!」

おめーのせいだよバカ!と言うわけにも言わず、何も考えず顔を近づけてくる泉田から逃げることも背後の銅橋のせいで叶わず、長いまつげに縁取られた泉田の黒い瞳が真っ直ぐ私を見ていた。
うわ、この人顔綺麗だなぁとか改めて思ってしまって、余計に熱が上がりそうだ。東堂先輩は自分のことを美形だなんだと言っているだけあってお綺麗な顔をされているけれど、泉田もなかなか美人なんじゃないかと思う。目は大きくてはっきりしていてすこし釣っているし、坊主やめたらモテるんじゃないだろうか。モテられたらそれはそれで困るけど……。
……だからなんでそんなことばっかり考えるんだよ!

「やっぱり変だ。みょうじ、保健室に行こう」
「い、行かない!」
「どうして」
「いやこれは病気じゃないから……」
「わからないよ、熱中症かもしれないし…」
「ちっちがうから!」

そうこれは熱中症なんかじゃない、もっと深刻な、いや病気でないんだけど、病気と言えば病気のような…

恋の病だったりするわけで。

「やっぱり連れていくよ」
「えーっ?!」
「泉田さん、手伝います」
「いや、ボク一人で大丈夫だから銅橋は練習に戻ってくれ」
「はい!」

泉田の声に素直に従った銅橋は簡単にぱっと手を離し、練習再開の笛を吹く先輩の方へと向かって行った。じゃあ行こうかと私を逃がさない、とでも言うように肩を軽く(それこそ、銅橋がそうしたように)掴んだ泉田はいつもと同じ顔のはずなのにどこか表情はギラついていた。
連行される途中に目があった新開先輩に泉田は会釈すると、新開先輩は私の方を見てウインクつきでバキュンとした。後ろで泉田が嬉しそうに笑って、いやこれ多分違う意味だよと突っ込みたくなったけどやめておく。それこそ私が本当に意識してるみたいでいやだから。してるけど。泉田、マジで気づいてないのかなぁ。鈍いなぁ。



まあ、新開先輩と泉田がずっと『私の話』をしていたことに気付かなかった私も大概鈍いわけで。なんだかんだで一番鋭かったのは野生の勘を持つ銅橋でした、ってのは付き合った後に聞いた話です。


140823
チェルシーさまに提出

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