拓斗の広く、明るい部屋にはひとつ目を引く大きなベッドが置かれていた。
その体躯に相応しく特注品、縦幅も横幅も広いそれはサイズの割に威圧感はなく、白い清潔なシーツが横の窓から差し込む光を浴びて暖かに輝いている。
私がベッドに目を奪われていることに気づいた拓斗は、うれしそうに目を細めて「おっきいでしょ」と笑った。
どうやらこれを購入するときに色々あったらしい。拓斗の成長期がいつまであるのか分からないというご両親の苦悩である。
購入当時よりも身長は伸びたが、まだベッドには収まるようだった。しかしまだ伸び続けているというのだから恐ろしい。
もしかしたら、20歳になるまでにもう一度買いなおさなければならないかもしれないそうだ。


「オレ、このまま伸びすぎてこの部屋で寝られなくなったらどうしよう」
「さすがにそれは……大丈夫だと思うよ」
「そうかなぁ」


真剣な表情で悩む拓斗は、壁から壁に視線をさまよわせ、何かを測っているようだった。
さすがにこの広い部屋に寝転がれなくなることはないだろうし、それ以前にそんなに大きくなったら高さ的な問題で入れなくなる。
それを拓斗に言うか言うまいか悩んでいるうちに天然は自分の中で結論を見つけたらしく、「じゃあなまえちゃんと結婚するときにはもっと広い家を買えばいいよね」とへらりと笑った。
どこから結婚の話が出てきたのかとか、まだ付き合って三ヶ月なんですけどとか、そういう私の思いはこの人には通じない。
純粋な拓斗の中では未来の拓斗は今お付き合いしている彼女、私と結婚することになっているし、私もそれを少なからず望んでいる。難しいだろうけど、そうなれば素敵だなって。
……いやいやいや。


「なまえちゃん、寝てみる?」
「え?」

ぎくり、とした。
が、見上げた拓斗の表情はいつもと変わらず穏やかで、『何も』考えていないのだろう。
私が考えていたようなことなんて、それこそ頭の隅にもありゃしない。
少し火照る頬をごまかすように振って、否定の意をやんわり拓斗に伝えてみたが拓斗の視線はベッドにあり、私には向いていなかった。

「すごいベッドのこと見てたから、寝たいのかと思って…。もしかして眠い?オレのベッド寝心地いいから使ってもいいよ」
「あ……いや、そういうわけでは」
「遠慮しなくていいって」

都合よく私が眠いと解釈した拓斗は私の腕を引き、少し勢いをつけてベッドに飛び込む。
借り物のスリッパが脱げて床にスリッパの散らばった軽い音が聞こえた。
ばふんと顔から着地したシーツは肌触りがよく、きっとすごくイイヤツだと手を滑らせてひそかに堪能する。
ベッドは飛び込まれたにも関わらずきしみもせず、ふんわりと二人分の体重を受け止めるだけだった。

「ふ、ふかふか……」
「でしょ?こうすると気持ちよくて……好きなんだ」

シーツに顔を擦り付けた拓斗が今にも眠ってしまいそうなくらい穏やかに瞳を閉じた。
合わさった上下の長い睫毛が目立ち、その繊細さの分かる距離に胸が鳴る。
好きな男の子とカレの部屋で二人きりでベッドの上に横たわって。意識せずにはいられないシチュエーションなのに、拓斗は全く気にせずに口元を緩ませながら眠気に誘われるようにまぶたをすり合わせていた。

「なまえちゃん、気持ちよくない?」
「えっ?いや、気持ちいいよ。すべすべするし……」
「だよね。ねえ、こっち来て」
「え?え?」

いつの間にか開いていた目が困惑する私のことをじっと見ていた。背の分だけ長く、そのくせ細めな腕が私の体を捉えて優しく抱き寄せる。
さっきとは比べ物にならない距離に思わず口から戸惑いの声が漏れるが、その吐息ですらかかってしまいそうなくらい、拓斗の顔が近くにある。
キスをする前と後の一瞬でしか感じたことのない距離感が私たちの周りの空気を暖めるようにして熱を持つ。自分とは違う体温が確かにそこにあって、それでも私のと同じだと主張するように混ざっていた。


「たく――」


奪われた唇に、素直に目を閉じた。
「ねえねえ、してもいい?」と確認するのをいつからかやめた拓斗は、二人きりのときだけ、こうして突然唇を合わせてくることがある。
二人きりのときだけ、というのは一度黒田君の前でもしようとして、こっぴどく怒られたからだ。発情期の鳥かとかよくわからないツッコミを受けて、彼女いない歴=年齢らしい黒田くんには申し訳ないことをしたなと思った。しかし、なんで鳥なんだろう?その答えはいまだに教えてもらえていない。


離れた唇が、濡れて空気の冷たさに触れる。「なんか寝てるから、エッチした後みたいだね」なんて口走った拓斗はやっぱりいつもと変わらない顔をしていて、彼は何も考えてないんじゃなくて考えていても変わらないだけなんだなと知った。

よかった、私だけじゃなかったらしい。



140816
はじめてのシキバ

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