両親が心配性だったせいで、幼稚園から高校まではエスカレーター式の女子校、近所では『お嬢様学校』と呼ばれる学校に通っていた。
偏差値が高いため優秀な生徒が集まるが、お嬢様学校とはいえ実際の『お嬢様』はごく一部。私はその他の大多数に含まれるちょっと勉強をがんばった一般人だったわけだが、父の通勤ルートの途中に学校があるせいで毎日車通学だったためか、卒業まで一部のあまり関わることのない同級生からはお嬢様だと思われていた、らしい。

箱入りも箱入りに育った箱入り娘の私だが、大学入試を機会とし女子に囲まれた生活を卒業した。
元々はエスカレーター式にお嬢様学校が付属になっている女子大に進む予定だったのだが、そこには行きたい学科がなく、両親と初めての大げんかをしていまの大学に進むことが許された。
最初は断固として譲らない様子だった二人も、私の「いままで二人の言われた通りにしてきた、これからは自分の意思で決めたい」という言葉に最後は首を縦に振り、現在の生活を手に入れた。

友達と時々出かけるときにしか使わなかった電車を、毎日の通学に使うのには苦労した。なにせ、とにかく人が多いのだ。
乗ったときはまだ余裕があっても、大きな駅に着くとどさどさと人が乗ってくる。
休みの日の昼間くらいしか電車に乗ったことのなかった私はそれを知らなくて、友人のアドバイスを受けて時間をずらせばいいのだということを知った。数日経てば乗ってくる人のパターンを覚え、この駅で人がたくさん降りて椅子が空くから座れるようになる、などの知識を身につけていった。


(あ……)

そんな電車通学にも大学生活にも慣れたある日、私はある男の人に目を惹かれていた。
背は高くて、目つきは鋭い。黒系の服が好きなのか、カラフルなものよりも白黒系をよく着ている。黒髪は無造作に見えるけど、似合っていると単純に思った。
大学で男の子に声をかけられることはあるが、長年の女子校生活のせいかあまり上手に話すことができず、いつも逃げてしまっていた。それが申し訳ないとは思っていたが、友達が「ごめんねー、この子お嬢様学校出身で全然男慣れしてなくて」とフォローしてくれて、特に波風立てずにある程度の距離を保ちながら男の子とは関わっていた。正直に言えば、苦手だったのだ。
だけど、彼はなんだか違っていた。毎朝一方的に見かける姿。眠そうに欠伸をしていたり、携帯電話を見ていたり。メールでもしているのか、携帯電話を見ているときの彼は百面相をしていて、少し優しく微笑んだり、眉間に眉を寄せて勢いのまま文を入力したりと見ているだけでも面白い。
メールの相手は友達だろうか、優しく微笑んでいるときは恋人?そんなことを考えながら、名前も知らない彼の姿を毎朝見るのが日課となっていた。


「それさー、恋じゃない?」
「こい?」
「そう、恋」


大学に入って一番最初に声をかけてくれ、一番仲のいい友達・エミちゃんは力の入った声でそう言った。
恋がなにかって、そんなのいくら世間知らずだと言われまくってきた私でも知っている。異性を好きになることだ。だけど、どうして彼の話をしてそんな単語が出てくるのか、私は不思議で仕方がなかった。

「恋って、同じ部活の男の子を好きになったり、バイト先の先輩を好きになったりするやつでしょ?私のは違うよ、名前も知らないし、朝見かけるだけだし」
「でも、意識してるじゃない?」
「そ、それは毎日見かけるからで!」
「そうは言うけど、それが40くらいのサラリーマンのおっさんだったらどうよ、あんたそんなに熱心に見る?若いちょーっとカッコいい男だからそうなんじゃないの?」

そう言われて、つい言葉に詰まった。確かに、おじさんだったらそんな風に見ないかもしれない。あまり関わりのなかった同世代(たぶん)の男の子だから気になってしまったのかも。
だけどそれにしても恋って言うのは飛躍しすぎだよ!と抗議すると、エミちゃんの紹介で仲良くなったノゾミちゃんがいやいやと口を挟んだ。

「なまえちゃん、恋ってのはどこで落ちるかわからないんもんなんだよ」
「ふ、ふうん?」
「通学の電車で、いいじゃない、ロマンチックで」
「ロマンチックう?」

ロマンチックってのは、満天の星空の下でプロポーズとか、そういうのじゃないの?と言うと、エミちゃんもノゾミちゃんも二人揃って吹き出した。「なまえそれはベタ過ぎ!」「恋愛小説の読みすぎだって」とは言うけれど、恋愛経験ゼロの私に何を求めているのか。ノゾミちゃん曰く、毎朝の偶然が恋につながることもあるのよ、だそうだが。


(それって偶然じゃなくて、ただ単に同じ電車を使ってるだけなんだよね)

エミちゃんとノゾミちゃんにそんなことを言われたせいか、その翌日、妙に浮ついた気持ちでいつもと同じ電車に乗った。
あの男の人は私の二つ隣の駅の同じ扉から乗ってきて、同じつり革を掴んでいる。席がないわけではなかったけれど、彼が座っているのは一度も見たことがなかった。だから、今日もいつも通りあの場所に立つのかな、と考えていたのにそうではないらしい。

雪崩れ込んでくるような人、人、人。いつもはこんなに乗ってこないのに、彼が乗ってくる駅になった瞬間たくさんの人が電車に乗り込んできて、一気に車内は満員になった。ぎゅうぎゅうと押し込まれるようにして、私も普段の定位置から電車内の中ほどにまで連れて来られてしまう。カバンだけは必死に抱きしめて流されないようにしたけれど、これじゃあの人がどこにいるのかわからない。というか、そんなことを言っている場合ではなく苦しい。
周りの人を見ているに、どうやら今日、私が降りる駅の二つ向こうで大きなイベントごとがあるようだった。そのせいでかと納得するが、この状況はなかなかきつい。苦しいのはみんな同じだろうけど、それは置いといて次で私が降りる駅なのだ。
だけど沢山の乗客は降りる気配がないし、私のいまの場所は出口からは程遠い真ん中だし、この狭さで切り抜けられる気がしない。
そうこう言っている間に車内アナウンスは駅の名前を告げ、電車は減速した。
自動ドアは開いたが出る人はいなくて、必死に腕を出してそこからもがこうとしたけれど、左右の立派な体格の男の人に阻まれて進めない。というか、みんな退きたくても退けない状況なのだろう。そうこうしている間にドアが閉まります、とアナウンスが入り、本格的にまずい!と冷や汗をかく。通してください、と張り上げた声はいろんな雑音に紛れて聞こえていないようだし、これはもう行くとこまで行って逆向きの電車に乗った方が早いのでは、と思ったそのときだった。
何か大きな力が働いて、一気に出入り口の前までやってくる。気がつくとカバンを抱えていたのとは逆の腕が掴まれていて、何かに解放されたかと思えばいつものホームに降り立っていた。
びっくりしている間にまたアナウンスが聞こえ、ドアが閉まる。ゆっくりと動き出した電車は、私が振り返ったころにはいなくなっていた。

そこで大きな力の正体に気づく。


「っ!!」
「あークソ、こんな時間から乗ってくんじゃねーヨボケナスが…」

突然の暴言に驚いたけれど、その矛先はどうやら私ではなく乗客たちに向けられたもののようだった。
私が顔をあげたことに気づき、目が合った男の人は少し驚いてそれから決まり悪そうに目線を横にずらす。何か言わなきゃ、と思ったけれど、男の人と話すのなんて苦手中の苦手としている私がそんなこと、できるわけがなかった。

「この駅、だよなァ。降りんの」

間違ってないかと確認するかのような声だった。その問に精一杯頷くと、男の人は少し安心したように息を吐く。
私の自意識過剰や勘違いでもなければ、彼は私が降りれなくて苦労しているのを見かねて助けてくれたようだった。
なんで私が降りる駅を知っているのとか、そもそも私が降りれなくて困っているのにどうして気づいたのとかその時はそんなことに頭が回らず、とにかくその時は何かお礼を言わなければということで精一杯だったと思う。
何も言わない私に困ったような呆れたような視線を向ける彼に、必死にいろいろ考えて、出てきた言葉を紡ぐ。

「あの、ありがとうござい、ました」
「……礼とか別に、」
「えっと、いつも見て……じゃなくて、あ、あの!わたし」

もしかしたら恋をしているかもしれません!

そう言った時の彼の驚き顔、私の真っ赤な焦り顔は数年経った今でもネタにされるようなものだった。



140802
荒北をありがちネタで。最後の一文はコピペのオマージュということで。続くかも

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