8. 女子高生の話題のうち、半分を占めるのが男と食の話だ。 そういう意味ではヒトの三大欲求というのは正しいのかもしれない。睡眠についての話題はあまり出ることがないが、それについては授業中に寝ている、ということでカバーさせてほしい。 アケミが彼氏とヤったらしいという噂は、今日のトップニュースだった。 土日に彼氏とお泊り会をするという話は前々から聞いてはいたが、こうも話が回るのは早いのか。まだ火曜日だというのに、その話題は広範囲に広がっているようだった。 アケミの彼氏といえばサッカー部のイケメンで、いわゆる細マッチョなのでよくもてていた。 そんな彼氏を射止めたアケミもまたぱっちり二重まぶたの愛らしい巨乳の女の子だ。 まさにお似合いの二人。あの巨乳を好きにできるなんて、彼氏はハコガク男子の羨望の的になるに違いない。 高校三年生になればそういった話も珍しくなく、会話に混ざる女子のうち6割が経験者だった。 繰り広げられる未経験者の私からすれば別世界の話に置いていかれ、聞くだけになっている私をこちらに呼び戻したのは、同じクラスの男子の声だった。 名前を呼ばれることに馴染みのないそれに首を傾けながら示されたところを見ると、もう何度目かになる黒田くんの姿があった。 色めきだつ女子。なんとなく言いたいことはわかる。わかるが、静かにしててほしい。 今だけは耳に蓋をして、黒田くんの前に立った。彼とは昼食以来廊下で会うこともあり、その度に時間があれば話をしたりするので、知り合いから話をする先輩後輩くらいにはランクアップしたのではないかと思う。 どうやら彼は福富くんに用があって来たらしいが、見る限り福富くんはおらず、どこかに出ているのかと思って目線で探していたら私を見つけて声を掛けたそうだ。 「福富さんのクラスだったんですね」 「まあね。福富くんになんか伝言する?」 「いや、大丈夫です。大したことじゃないんで」 わざわざ3階から階段を下りて2階に来るのだから大した用だろうに。 暇つぶしに来るにしては、黒田くんと私の教室には距離があった。 後ろの痛いくらいの女子高生からの視線から黒田くんを隠すように、廊下に出てドアを閉める。 中でキャアと一層色めき立った声が聞こえたから、余計なことをしたかもしれないとすぐに後悔した。 「大丈夫なんですか?」 「ん…なんとかなるさ」 せっかく来てくれたのに、ただで返すのは申し訳ない。 スカートのポケットを漁るとハイチュウが入っていたので、手を出すよう指示し、広げられた左手にコロンとそれを落とすとまるでおやつをもらった犬のような目で私を見た。 いや、そのままか。黒田くんは犬ではないけれど。背はそちらのほうが大きいのに目だけで窺がうような表情が、なんとなく犬っぽいのだ。 「あれ、嫌い?」 「いや…ありがとうございます」 「うんうん、やっぱり素直な方がいいよ」 これまた犬にするように少し背伸びして頭を撫でると、黒田くんの動きが止まる。 馴れ馴れしかったかと思ったが、どうやら違うらしい。これは…私の見立てでは、照れている。 これが、中学から高校まで三年間帰宅部を貫いた私が初めて経験する『後輩かわいい』の瞬間であったことは言うまでもない。 反応に満足して前髪をかするように撫でていたが、「もういいでしょ」と手を除けられてしまったのでおとなしく下ろした。黒田くんはまだ目線を泳がせている。 素敵な生き物・後輩はその後帰ってきた福富くんに奪われてしまったわけだが、文句はない。 私のあげたハイチュウが彼のスラックスのポケットに入っているだけで十分だった。 教室へ戻ると待ってましたとばかりに群がってくる女子高生、女子高生、女子高生。 きた、尋問タイムだ。明らかなため息に文句を言うでもない女子高生たちはたちまち私を取り囲んだ。 「アレ誰よ」 「彼氏?」 「年下だよね?」 「結構イケメンだった」 口々に話す女子高生をたしなめているうちにチャイムが鳴ってしまった。 帰ってきた福富くんと意味深に目があい、なんとなく会釈する。気まずい。 そもそも黒田くんと私に関わりがあることを福富くんは知らないだろうな。 だけど、またお前かと言われてしまいそうだから、この関係は内緒にしておきたいというのが本音だった。 私と黒田くんは健全な先輩後輩だ。どうか疑わないでいただきたい。 そのアイコンタクトは通じただろうか。金髪頭は今日も姿勢良く上を向いている。 140214 ←→ |