6.
お礼をするとは言ったものの、そう簡単に会えるわけではない。
学年は違うしクラスは知らないし、会いに行こうにも1クラスずつ当たっていかなければならないし、それは非効率的だ。
こんなことになるなら、名前と一緒にクラスも聞いておけばよかった。
球技大会から一晩明け、アクエリと前に黒田くんが食堂前で買っていた炭酸飲料をお礼にすることは決めたのだが、それだけじゃ収まりがつかない。
結果、食券はどうよという友人の意見に乗っかることにしたのだが、まず普段食堂を利用するのかすらわからないし、昼食をお礼にということならパンでもいいかもしれないが、人には好き嫌いというものがある。
なにはともあれ黒田くんのクラスを知らなければ聞くこともご馳走することも何もできないのだ。
再びやってきた二年生の廊下には相変わらずたくさん生徒がいて、みんな楽しげに談笑している。
いいことだ。だからもしよければ、「何年何組の黒田がさ」みたいな漫画のわざとらしい説明口調風に黒田くんのクラスを教えて欲しい。

「すみません、通してもらえますか?」

廊下の真ん中というのは非常に邪魔な場所だった。
申し訳なさげな少年の声にすぐさまそこを退くと、見覚えのある坊主頭が目に入る。
すみませんと言ってきた張本人である。両手に荷物を抱えた彼は私に気づいたらしい。
人の良さそうな笑み、長いまつげの瞳を細くした彼は非常に優しそうだ。彼ならば。

「あの!」

少し無理やりなくらいに、彼の両手の荷物を半分奪った。
中々に重い。これ、よく一人で持ってたな。
褒めてあげたいくらいの重さに戸惑っていたが、一番戸惑っていたのは坊主頭の彼だった。

「手伝わせてください、というか、お願いが」

訳ありなんです。できる限り申し訳なさそうな顔をすると、坊主頭の彼は黒田くんより物分りが良かったらしい。
ありがとうございます、と素直に好意に甘えた彼は世渡り上手なんじゃないだろうか。
遠慮されるよりも、これくらいの方が嬉しい。きっと先輩にも好かれるタイプだろう。
彼、泉田塔一郎くんのクラスまで荷物を運び込み、本題に入る。
黒田くんとは親しいのだろうし、あの場に一緒にいたから話は早かった。
早速黒田くんのクラスに連れて行ってもらうと、中には男子数名に囲まれこれまた楽しそうに話している黒田くんが机に座っている。
ユキ、とあだ名であろう呼び名で呼ばれた黒田くんは私と泉田くんに気づき、机から降りるとすぐにやってきた。
黒田くんの周りにいた男子たちが「彼女か?」なんて言っているが、高校生なんてみんなそんなものなので無視しておくことにする。
肩にかけたビニールごと体操服を返してお礼の話を持ちかけると、いいっスよと遠慮されてしまった。
遠慮されるのは想定の範囲内だったが、黒田くんにも泉田くんくらい素直な気持ちを持って欲しいと思う。
先輩が何かしてあげようという時は立場を立てるためにもおとなしくされておくものだ。

「大したことじゃないんで」
「でも私の気が収まらなくて」
「でも」
「いやいや」

平行線のやりとりに、泉田くんが苦笑いを浮かべている。だけどこの間のように譲歩するわけにもいかない。
私は純度100%のされた側なのである。もうここまで来たら強行突破しかない。

「明日お昼暇だったら食堂に来て。暇じゃなかったら来なくていいけど、待ってるから。泉田くんとか…あの背の高い子も来てもいいから」

それだけ言い残し無理やり教室を出た。
引きとめようと伸ばされた手は見なかったことにして、何か言いたげな黒田くん、やっぱり苦笑いの泉田くんを背に、食堂メニューを考える。
何が美味しいのだろうか、友達に聞いてみよう。



140212






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