3.
どうやら彼と私は自動販売機に縁があるらしい。
三度目に会ったのは食堂前の自動販売機だった。
箱根学園には至る所に自動販売機が設置されているけれど、場所によって入っている飲み物が異なっている。
食堂前のこの自動販売機は紅茶や緑茶などお茶が8割を占めていた。
私のお気に入りはアップルティーで、これはコンビニなんかでも売っている普通の銘柄だけれど、ここで買うと37円安いのだ。
だからいつもお昼の時にここで買うようにしているのだが、ここで少年に会うのは初めてだった。相変わらずの明るい頭に箱根学園の制服だ。
三度目になれば余裕が出てくる。だけど話すようなことがあるわけでもないので、会釈してからテーマパークで友達と柄違いで買ったコインケースを広げた。
110円なのに、10円玉がない。
50円玉があればいいのだが生憎それもなく、横顔は似ているけれど穴が空いていない100円玉が幾つか転がっているだけだった。崩すしかないのか。
悩んでいるうちに横から腕が伸びてきて、何事かと見上げれば案の定少年の腕だった。
黒いモニターに500とデジタル数字で入力されている。悩んでいた私も悪かったけれど、横入りするなら一言言ってくれればいいのに。
仕方なしに退こうとすればそれをさせないと言わんばかりに少年の口が開いた。

「どれがいいですか?」

意味がわからなかった。
アップルティーと口から出てきたのは、半分無意識のようなものだ。
いつぞやの私のようにボタンを二つ押すと、落ちてきたペットボトルの片方をあの日と同じように私に押し付けた。
お気に入りのアップルティー。彼の手には食堂前の自動販売機ラインナップのうちお茶系で無い2割に入る炭酸飲料が収まっている。
じゃあ、とこれまたいつぞやのように立ち去ろうとするのを見送るわけもなく、背中を向けた途端にシャツをつかんでしまった。
これもまた無意識だ、ということにしておく。

「これ、なんで」

我ながら、アホっぽい言葉が出てきたと思う。
主語もなければ術後もない。英語で表すならWhy?だけのようなものだ。
しかし少年は頭の回転が早かったのか、私の簡略的な会話について行くスペックがあったのか、きちんと理解してくれた。

「この間おごってもらったんで」

さも当然と言う風に言い捨てた少年は再び去ろうとしたけれど、それだけじゃ帰らせない。
おごったけれど、あれはコーンポタージュのお返しだ。
これをもらってはお返しのお返しになってしまうし、さらにそのお返しが必要になってくる。
昔そんな絵本を読んだことがあったっけな、結末はどうなったんだっけ。
自分の乏しいコミュニティ能力をフル活用し、「あれはコーンポタージュのお礼だから」と伝えたが彼はだからなんだという風に表情を変えない。
とっとと200円入れていればこうはならなかったというのに。

「コーンポタージュは100円ですけど、ポカリとアクエリ、120円だったじゃないですか。二本だし」
「でもあれは、感謝の気持ちで」
「別にされるようなことしてないですよ」

年上なのだから素直におごらせてくれればいいのに、少年は引かなかった。
頑固な性格らしい。また、男という手前もあるようだった。
ここは先輩である私が妥協案を出すべきだろう。じゃあと口を開いた私に少年は目をパチクリさせた。
つり上がっているくせに大きい目だ。なんだか、あの人を思い出させて嫌になる。
こんなことを考えているなんて知りもしないのだろう少年は、「それでいいんですか」と納得していなさげな声で言った。

「うん、だって気になるもん。三回とも自販機の前なんて、運命みたいなもんだよね」

笑って言ったから、他意はないと伝わっただろうか。
もし少年に彼女がいたら申し訳ないと思うが、これはそういう意味で言ったんじゃない。すごい偶然だねの誇張表現ということで許してもらいたい。
私が頼んだのは、これを受け取る代わりに名前を教えてくれということだった。
だからどうするわけでもない。私と少年との関係が顔見知りから知り合いにランクアップするだけだ。
黙ってもらっておけばいいのに、お礼のお礼をするあたり律儀な性格なのだからこれで次に会ったときは自動販売機前でなくても会釈くらいはしてくれるだろう。
目を逸らそうとする彼を逃がさないと言わんばかりに目を合わせると、ため息混じりの声に名前であろう文字が乗せられた。
クロダユキナリ。なんと普通な名前だ。
いや、変な名前を期待してたわけじゃないんだけど。
とにかく、これでクロダくんはただの少年からクロダくんになった。
漢字は恐らく黒色の黒に田んぼの田だろう。黒田ユキナリくんだ。

「私はみょうじなまえ、ありがとう黒田くん」

さようなら、と残すような返事に手をひらりと振った。
食堂前の渡り廊下を黒田くんよりも先に歩く。風が強かった。





140203






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