27.

「……おはよう」
「おはよう、ございます」

喉が張り付いていて、一瞬声が出なかった。唾を飲み込んで先ずはそこを潤し、隣で自分より随分前から起きていたらしいユキに目覚めのことばをかける。
肘をついているせいで、頭が随分と高い。それから、掛け布団が突っ張って昨日散々見たユキの胸板がしっかりと空気に晒されている。
自分もそうなっているのだろうかとユキに気づかれないようさりげなく自分の体に視線を落とすと、どうやら意識朦朧としながらもパジャマの上着だけ羽織っていたらしく、ユキのように胸をしっかり見られているということはなかった。
同じく散々見られた後だけれど、男と女じゃ都合が違う。男は下半身さえ隠しておけばなんとかなるが、女はそうもいかない。少し襟の開いたパジャマだけでは心許なく、胸の前で左手のひらを右手で握る。「あ」というような顔をしたユキが、空いた手で掛け布団を持ち上げた。

「…昨日寒い寒いって言ってたんですよ」
「え、誰が?」
「なまえさん。だから着せたんです」

それ、と指さされたのは腕にガードされた胸…ではなく、もちろんパジャマだ。私が自分で着たのかと思ったら、そうではないらしい。
ありがとうとお礼を言うと何故か「大丈夫です」と対応しない返事を返され、どう答えることもできず黙り込んでしまった。上着は着ているが、下には何も履いていないのだ。起き出すのもなんだか体がだるくてしたくないし、でもユキの前でショーツやらなんやらを吐くのは恥ずかしいし……。

「っ?!」
「あ、履いてるんだ」
「なっ、なな、何して、」
「いやユキは履いてるのかと思って…てかそんなにびっくりすることないんじゃ」
「びっくりしますよ!」

膝を浮かせ、ユキの太ももをなぞるように足を動かすと布に触れ、「ああユキ自分だけパンツ履いたんだ」と理解していると、ユキは飛び起きるようにして上体を起こした。
とはいっても頭の下で折って支えていた腕を伸ばしてベッドに突っぱねただけだけだ。何を勘違いしたのか、真っ赤になった顔で小さく「やばいって」と呟いている。

「ていうか、戻したんだ?」
「……何をですか」

少し不機嫌な様子で唇を尖らせるユキに問いかける。名前、と一言言うと、まぶたの動きまでがピクリと固まった。
また顔を赤くしたかと思うと、今度は枕に顔を埋め、何かを呻いている。
二つ持ってきていたはずの枕うちの一つはベッドの下に落ちており、さみしげにカーペットに横たわっていた。
つまり、今まで私は枕無しで寝ていたということだ。ユキは肘をついていたので、腕枕なんてロマンティックなことはしていないんだと思う。別に、憧れていたわけではないけれど。

「……………忘れてください」
「やだよ」
「お願いします」
「いやです」
「頼みますから」
「またなまえって呼んでくれないんだ?」
「やめてください!」

今度こそ機嫌を損ねてしまったらしい。枕を独り占めして私に背を向けるようにして転がったユキの表情は伺えないが、色素の薄い髪から覗く耳までを真っ赤にしているから…さっきのような顔をしているんだろう。普通、こういうときに照れるのは女の方だと思っていたのに。昨日は可愛かったよ、やだ恥ずかしい!的な。……少女漫画の影響を受けすぎている気がする。
そうはいわれても今までにそういったことの経験はなく知識だってほとんど漫画から得ていたのだから仕方がない。ユキは大人のビデオとか、先輩とか、色々と情報を集めていたのかもしれないが。集めていたのかどうかも知らないけど。

ユキを真下から見上げるのには、違和感があった。
上下に目があった瞬間、そういえば寝てるときって顔の脂肪が下に落ちて凄いブサイクな顔をしているって雑誌で読んだな、というのを思い出してしまい、つい顔を斜めに逸らす。
それを照れと認識したのか、ユキからは特に何も言われることはなかったが、押し倒されている間、どうしてもそれが気になってしまっていた。まあ、そんな余裕は途中からなくなってしまったのだけれど。
ぼんやりとした記憶の中で覚えているのは、めちゃくちゃに熱い自分の体と、それと同じくらい熱いユキの体、それから普段は絶対しないような呼び捨てで何度も私の名前を呼ぶユキの声だった。
胸が潰れるくらいきつく抱きしめられながら、顔の横で囁かれ続ける愛の言葉よりも、どちらかというとそれに蕩けた気分にさせられていた気がする。
運動部故に上下関係を意識するユキのレアな言動に、ぎゅっと胸の奥が締め付けられた。首に回した腕の力を強めて、より密着した体で汗やらなんやらの体液が混ざり合う。決して気持ちのよい感覚ではなかったけれど、不思議とそれもまた、私の体を熱くした。



「…ユキ、まだ怒ってる?」
「元から怒ってはないですけど」
「じゃあ拗ねてる」
「拗ねてません!」

そんなに言うってことは、拗ねてるってことじゃないのか。そう指摘するとまたうるさくなるだろうからとそれを飲み込んで、ユキの背中に指を這わせた。
案の定ぴくんと反応して肩を震わせたが、どうやら意地でもこちらを向かない気らしい。それはそれで都合がいいので、指の動きを止めないまま、それをなぞっていく。

ゆ き
す き

そこまで書くと、ようやくユキは体を反転させこちらを向いた。
機嫌治った?と顔を覗き込む間もなく腕が伸びてきて、次の瞬間には体が密着している。足も少し絡まって、バスケをやっていたせいか並みより少し大きな手が私の後頭部を捉えて己の胸板に押し付けた。

「……あー、なまえさん」
「ひゃに」
「っ、そこで喋んないでください!黙ってていいんで!」

ユキの体に唇がひっついたまま無理矢理返事をすると、息がかかってくすぐったかったのか、体が強張るのがわかった。誤魔化すように抱きしめる力を強めたユキに言われたとおり、返事をしないようにと口を噤む。

「なんつーか…あれです、もっと恥ずかしがってくれるもんかと思ったら…なまえさん全然だし」
(いや、恥ずかしがってるよ)
「オレばっかりなんか言われて、余裕ないっていうか……こういうときくらいはやっぱ、カッコよくやりたかったのに」
(そんな無理しなくても、結構いつもかっこいいと思ってるけどなぁ)
「足触ったりとか…なんか煽ってくるし」
(それはユキだけパンツ履いてるからじゃん)
「その………情けないんですよ。自分が。年下でもオレが男なんだし、もっとその、なまえさんを……」

「ユキ」

今度はきちんと、ユキの体から唇を離して口を開いた。
そのせいで余裕の出来たユキの腕の隙間からユキの顔を見上げ、腹に貼り付けていた腕を、脇を通って背中に回す。

「あのさ、私、ユキのことすっごいかっこいいと思ってるよ」

大胆なくせに照れ屋なとこも、カッコつけなとこも、ヤキモチ焼きなとこも、二人きりになると余裕がないとこも。
口に出すときは恥ずかしくてそんなこと言えないけれど、私の年下の彼氏は、誰よりも可愛くて、誰よりもかっのいいのだ。
背中から差し抜いた片手をユキの頭に伸ばすと、難なく届いた。ベッドに寝ていれば身長差なんてなくなることを、今初めて知った。このまま年齢差もなくなって、ユキがもっと自分に余裕とか自信を持てるようになればいいのに。撫でた髪は私のシャンプーを使ったのに、手触りは全く違う。ユキの髪だ。

「ユキ、大好き」
「……っ、そういうのが!ズルいんだよ!」

体が揺れたかと思えば、体制が変わっていた。見覚えのある光景、そうそう、昨晩散々見下ろされていたっけ。再び見上げたユキの表情にはやっぱり焦りや羞恥が灯っていて、だけど口端はゆるくつり上がっていた。
それから降ってきた容赦ない口付けと熱。勢いのままに差し入れられた舌に、形勢逆転する日も近いのかなあと考えた。

やっぱり、幸せだな。




140622






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