22.
文化祭は無事に終了した。予想以上に評判となった我がクラスのたこ焼きの模擬店は早々に全ての商品を売り切り、残りは遊び呆けるばかりだった。
頼まれた分の店番を済ませた後はユキと二人、文化祭という浮かれた空気に載せられるがままに手を繋ぎ校舎を徘徊し、実にバカなカップルらしい文化祭を過ごせたと思う。葦木場くんや泉田くんから苦笑いを貰う程度には、浮かれていた。

気温も下がり肌寒い日が続く今日この頃。
年が明ければあっという間にセンター試験がある。それをどうにか乗り越えて、残りの高校生活はユキと制服デートなんかをして、ラストジェーケーらしく過ごしたいと考えているが、結果は今の頑張り次第というところだろう。
会えない日が続くが、文化祭前の一件以来、お互いに遠慮しないことが合意の上で決まったため、連絡も容赦無く交わす。故に、不満や不安は前に比べると減ったように思う。
控えめだったメールは回数が増えることはなかったが、その分電話の時間が増えた。
これは、私が活字よりも声を聞きたいとメールで提案したことによる寝る前の日課だ。
相手は厳しい運動部の副主将のため、あまり遅くまで話すことはできないが、お互いに満たされているとは思う。
やはり文字で見る「好きです」と、声で聞く「好きです」は重みが違うのだ。
ボイスレコーダーで録音して聞いておきたい、冗談交じりにそう言えば、「わざわざそんなことしなくても、聴きたい時にオレがちゃんと言います」と返してくるから、心臓がいくらあっても持たない。
段々私に慣れてきたのだろうか、ユキは照れることが減り、その分思い切ったことを言ってくるようになった。
私がユキの甘い囁きに慣れた頃にまた別のものを与えてくるから、私は休む暇なく赤面する羽目になる。付き合い始めた当初はユキが赤面しているのを見て可愛いだなんて思っていたのに、これでは立場が逆転だ。
今晩も今晩とてユキの言葉にやられ、暖房も着いていない布団の上で熱を持て余している。
ひんやりとした布団に入り、さっきまで耳元にあったユキの声を思い出すと、不思議とすんなりと眠りにつける。緩やかに、落ちるような、穏やかな眠りだった。

事が起きたのは翌日の昼休みのこと。
今日はユキと久々にお昼を共にする約束をしていたのだが、部活のことで遅れるので教室で待っていてほしいとメールを頂いたので、ユキが迎えに来るまでクラスメイトの女子たちと話していることにした。
毎度のことながら話題は彼氏がなんだのやら、新しいパンケーキ屋がどうだので、私は聞き専に回っている。
彼氏の話題については相変わらず男子が耳を塞ぎたくなるような下ネタのオンパレードだし、パンケーキなんて女子力の高いものを食べるようなキラキラ女子ではないのでそのあたりについての知識はまるでないのだ。
この間ホテルでやったんだけど、なんて話を食事中にするのはいかがなものなのかと思いながらも、ふんふんと頷くのは後学のため…なのだろうか。
さっきまで会話の主導権を握っていた女子の話がひと段落すると、そういえばさあとまた別の女子が口を開く。指を差されたのは私だった。

「なまえってもう三ヶ月くらい経つよね?」
「まあ…おかげさまで」
「どこまでいったの?!」

気になる!とまたその隣の女子が声を上げた。まさかそこにくいつくとは、冷や汗が一筋頬を伝う。

「どこまでって…そりゃどこまでも」
「じゃあもうエッチしたんだ」

声がでかい!
誤魔化そうとしたのに、その手は通用しなかった。
手で口を抑え、マジかと口々に感想を漏らす女子たちに、ユキの為にもそれについては否定した。
逆に否定しすぎると必死に思われるだろうと一言「ヤってない」とだけだ。なんだぁ、と落胆の息を漏らしているが、何を期待していたというのだろう。

「キスはしたよね?」
「ま、まあ」
「ディープキスは?」

そこまで聞くか。小さく頷くと、おおっと歓声があがった。
私ごときの恋愛事情が面白いのだろうか、と思ったが、この年頃の女子たちは相手が誰でも面白いのだ。
あの後輩くんやるねぇ、と背中をばちんと叩かれ、気恥ずかしくなる。もうすぐユキが来るんじゃ、とドアに視線をやったが、まだ来ていない。
早く来て欲しいような、この場に来られちゃ困る…ような。

「え、ていうかなんでエッチしないの?なまえ処女だよね?」

人の貞操事情を教室で赤裸々に話すんじゃない!
後ろの男子が飯を噎せたのをみて、顔が熱くなる。やめてよ、と睨んだが効果ゼロで、女子はへらりと笑った。

「そういう空気になんなかったわけ?」
「まあ…」

なったわけですが。思い出すのは先日の勉強会のことだ。
後ろから抱きしめられ、膝に乗せられ、胸を微かに触られた。
ある程度控えめにその話をすると、また歓声が上がった。
その後を促され、何もなかったと言うとええ、と不満げな声、私の恋バナで遊ぶんじゃない。全く、女子高生って恐ろしい生き物だ。

「なまえはしたいと思わないの?」

そう言ったのは、グループの中でも比較的大人っぽく、静かな女子だ。
したいか、したくないか…で言われると、難しい問題だ。
未経験なわけだし、怖いという思いは確かにある。妊娠したらどうしようとか、初めては痛くて血が出るらしいとか。経験豊富なこの女子たちの会話を聞く限り、いろいろ大変そうだし。
だけど、ユキのことは本当に好きだし、ユキが望むなら…という思いもある。
勉強会のあの日、確かに驚いたけれど、抵抗しなかったのはやっぱり『ユキならいい』と思っていたからだ。
好きな人にはやっぱり触れたいと思うし…それに、少し、少しだけ…気持ちよかった、ような。

「そりゃ…したい、とは…思うけど」

ぽつりと呟いた時、後ろでドアの開く音がした。
ばっと勢いよく振り返ると、待ちわびていた姿がそこにある。椅子を飛ばすくらいの勢いで立ち上がり、弁当の巾着を掴んだ。

「っユキ!」
「すいません…遅くなって」

ユキの元まで走りユキの手をとると、一気に早歩きで教室を離れた。
聞かれた?いやいやいや、そんなはずない、だって声も小さかった。
ユキは遅れたことに私が怒っていると思ったのか、すみませんとか、葦木場がちょっとやらかしてとか言っている。
中庭に着くと立ち止まり、ユキの方を振り返った。
私の顔を見たユキの目がゆっくりと開かれる。

「…どうしたんですか?なんか、顔めっちゃ赤いですけど」
「さ、さっきの…聞いてた?」
「え…さっきのってなんですか?」

頭にはてなをいっぱい浮かべるユキの様子から、しらばっくれてるわけではないのだろう。
よかった、と中庭のベンチに殆ど崩れるように体重をかけると、隣にユキが座った。

「大丈夫ですか?あの、怒ってます?」
「怒ってない…」

その日はまともにユキの顔を見ることができなかった。なんだか、いつもよりカッコ良く見えて。



140419







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